Don’t steal my posts. All posts on this blog are written by me.

House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 天国のフィリップへ−「フローレス Flawless」

<<   作成日時 : 2014/02/05 09:14   >>

ナイス ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 0

今だに信じられない。フィリップが死んでしまった。死因なんかどうでもいい。そんなもん分かったって、フィリップはもう生き返らない。本当に死んじゃった。ショックが大きすぎて、言葉になりません。

とりあえず、昔書いた記事をご紹介しておきます…


タマがあろうがなかろうが、みんな一生懸命生きている。

「フローレス Flawless」(1999年製作)
監督:ジョエル・シューマカー Joel Schmacher
製作:ジェーン・ローゼンタール
脚本:ジョエル・シューマカー
撮影:デクラン・クイン
編集:マーク・スティーヴンス
音楽:ブルース・ロバーツ
出演:ロバート・デ・ニーロ Rober De Niro(ウォルト)
フィリップ・シーモア・ホフマン Philip Seymour Hoffman(ラスティ)
バリー・ミラー(レナード)
クリス・バウアー(ジャッコ)
スキップ・サダス(トミー)
ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア(チャチャ)
ナショム・ベンジャミン(アメージング・グレイス)
スコット・アレン・クーパー(イヴァナ)
ダフネ・ルビン=ヴェガ(ティア)
ジュード・チコレッラ(ヌーナン刑事)
ヴィンセント・ラレスカ(レイモンド)
カリーナ・アロヤヴ(アンバー)

ウォルトは元警官だ。現役時代には数々の武勇伝で鳴らし、警察から勲章も得た。警察を引退した今は、ローワーイーストサイドに住む若者達に混じってハンドボールに汗を流し、夜にはタンゴを踊れるムーディーなダンスホールで女と過ごす毎日だ。古風で意固地な彼は、いい年だというのに家族もいない。寝る相手には不足しないが、心から慕ってくれる娼婦ティアにはそっけなく、ウォルトの金目当ての女カレンとアバンチュールを楽しむ始末。
ウォルトの住むアパートの斜め上には、彼の宿敵ラスティが住んでいる。ラスティはドラァグ・クィーンで、自分の店を持っている。店では日夜ドラァグ・クィーンたちの歌や踊りが披露され、大盛況だ。日中でも、ラスティを慕う仲間のオカマたちがラスティの部屋に集い、大声で歌ったりするものだから、オカマの存在をこの世の害悪と考えるウォルトはうっとうしくて仕方がない。今日も今日とて2人は真昼間から窓辺で怒鳴りあいをする。
「窓を閉めやがれ、くそったれのオカマめ!」
「犬を虐待するあんたこそくたばりなさいよ!」
ある日、ラスティの友人アンバーの恋人が、マフィアのボス、ミスターZの大金を盗み出してしまった。アンバーはマフィアに撃たれた恋人レイモンドを守るため、ラスティに匿ってくれるよう頼む。情に厚い彼は二つ返事で承知し、アパートの管理人レナードの注意を引いている間に自室に彼らを匿ってやった。ところがこのレナードがミスターZの手下であり、ボスの金を猫ババした2人の居場所を連絡してしまう。たちまち銃を構えたマフィア達がラスティの部屋に押しかけてくる。銃声が響き悲鳴が飛び、そこは修羅場と化す。アンバーが撃たれる。元警官の習性で、すぐに現場に駆けつけようとしたウォルトだったが、なんと途中で脳卒中の発作を起こし昏倒してしまった。近所の人々の通報でやってきた警察はウォルトを保護し、すぐ病院に搬送していった。
病室で意識を取り戻した彼は、担当医師から衝撃的な事実を聞かされる。脳卒中により彼の右半身は完全に麻痺してしまったというのだ。アンバー射殺事件を捜査しているヌーナン刑事が病床を訪れたが、現場に行きつくことも出来なかったウォルトは、犯人の顔すら見ていない。
一方、事件当時店にいて自室を不在にしていたラスティは、アンバーが殺されたと聞いてショックを受ける。彼女の遺体を確認した彼は、涙ながらに遺灰を引き取り帰宅するのだった。ところが家に着いた彼を待っていたのは、見失った大金を血眼になって探すマフィア達。ラスティの部屋を天井から床下までひっぺがして探したが、金はどこにも見当たらないのだ。マフィア達は拳銃でラスティを脅して金のありかを白状させようとするが、彼は屈しない。キレたラスティに咆えられて、マフィアは退散する。身寄りのないアンバーの遺灰を小箱に収め、ラスティは一人彼女の魂のために祈るのだった。
退院したウォルトの変わり果てた姿を見て、近所の友人達は彼を遠巻きにして見守るばかり。右半身がまるで言う事を聞かず、しゃべるのも不自由になってしまった彼は、絶望のあまり自殺まで考えるが果たせない。それから彼は自室に引きこもり、誰とも会わない毎日を送るようになった。病院のリハビリ・プログラムにも顔を出さない。心配した担当医師はウォルトの家を訪れ、リハビリ指導員をアパートに派遣することを約束する。
アパートの地下で洗濯していたウォルトは、大嫌いなラスティとばったりでくわしてしまった。アンバーを助けようとしてくれた礼を言うラスティを、最低の態度で追い払うウォルト。半身不随になっても、オカマを嫌う意固地さは相変わらずだ。お互いに毒づきあいながら別れる2人であった。

画像

ニューヨークのゲイ&レズビアンセンターでは、“ゲイ共和党員登録所”なるものが設置されていた。ハロウィーンの出し物として、“完璧な女装(フローレス)・コンテスト”も行われる。センターではこのコンテストへの参加も募っていた。ラスティは、仲間のチャチャ、アメージング・グレイス、イヴァナを引き連れて、今年もコンテストに参加するべく申し込みを行いに来た。そこに、ラスティ達と敵対するオカマの一団(性転換手術を受けている連中)がやってきて、小競り合いが起こる。
ウォルトの後輩の警官トミーが、彼の容態を心配してアパートまでやってくる。ウォルトは、1988年にトミーを含む人質14名の命を強盗から救ったヒーローなのだ。コッチ市長から感謝状まで贈られたほどの、警官の中の警官。トミーは、ひとしきりかつてのウォルトの勇姿を褒め称えた後、例のアンバー事件の真相を伝えた。ミスターZが賄賂を使って警察を丸め込んでいるため、警察としても、殺人事件の犯人として彼を検挙するわけにいかなくなったとのことだ。表情を曇らせるウォルト。しかしミスターZも、いまだに金のありかを見つけられずにいるらしい。リハビリの指導員ル・ショーンは、効果的なリハビリとして歌のレッスンをするように勧める。気分転換にもなる。言葉が戻ればリハビリも進むのだ。
意を決したウォルトは、ル・ショーンに教えてもらった歌のコーチ、ミルドレッドのところまで行こうとしたが、歩行も困難な状態ではとても通えない。仕方なく彼は一番身近にいる歌手、ラスティを頼っていった。プライドを捨てて歌のレッスンを頼むウォルトに、ラスティは「ヒトラーにフェラする方がましよ」とすげない。しかしほどなく考えを変えたラスティは、現金払いを条件にレッスンを承諾するのだった。
レッスン初日。緊張するウォルトをリラックスさせようと、冗談交じりにピアノの前に座るラスティ。なかなか声を出せないウォルトは、やっぱりレッスンはやめるとへそを曲げてしまった。ラスティは、すっかりいじけてオカマを変態野郎とののしるウォルトを、怒りのあまりたたき出してしまう。しかし相手はしゃべるのもままならない病人だ。救ってやらねばならない。とりあえず怒りを飲み込んだ彼は、昔世話になったウォルトの担当医師のためにも、一肌脱ぐ決意をした。自分を哀れんですねているウォルトを鼓舞し、人生に前向きになるよう説得。ウォルトもついにレッスンに本腰を入れる決心をした。

画像

それからウォルトとラスティのレッスンが始まった。なんとか音階をマスターしたウォルトは、音楽はタンゴが好きだと告白する。自発的にしゃべり始めた彼を喜ばせようと、ラスティが勇ましい曲のテープを探そうとしたそのとき、チャチャたちが部屋に押しかけてくる。まずいことになった。チャチャたちは、ラスティがストレートのオカマ嫌いを部屋に引っ張り込んだと勘違いし、険悪なムードになる。ウォルトを刺激しないよう、彼らを早々に追い出したラスティ。ウォルトは、彼がいつからドラァグ・クイーンをやっているのか訊ねる。そこでラスティは、小学校での学芸会での思い出を語り始めた。主役の女の子が逃げ出した代わりに、女王様の歌を歌ったのがきっかけだ。そこから彼の女装人生が始まった。でも本当はドラァグ・クィーンは嫌いなのだ。連中は着飾ってちゃらちゃらしているだけ。それに対して、自分はホンモノの歌手だと自負している。舞台で歌うときも口パクなんてやらない。アーティストなのだ。ところがラスティの告白に、ウォルトは冷水を浴びせるような批判をしてしまう。
夜、ラスティの部屋から怒鳴り合いが聞こえてきた。どうやら彼の恋人が愛想を尽かして出て行ってしまったようだ。恋人に追いすがるラスティの後姿をそっと見守るウォルト。
翌日のレッスン。ウォルトは昨晩の諍いの事情を訊ねる。彼の恋人は既婚者で、子供が2人もいる。おまけにギャンブル狂でいつも金に困っている。ラスティは彼に貢いでいたそうだ。ウォルトは、セックスに金を払うべきじゃないと、ラスティの神経を逆なでする発言をする。そして、かつての妻の思い出を話した。彼の妻はダンサーだった。彼女を尊敬し愛していたが、妻にタチの悪い愛人が出来て家を出て行った。妻は飼っていた犬までなにもかもすべて持ち出していったのだ。お互い寂しい身の上であることがわかった2人。歌を始めようとしたとき、ラスティに電話がある。電話に出た彼はショックを受け、今日はこれ以上レッスンを続けられないと宣言した。
ウォルトはカレンに電話をかけた。今のウォルトに、治療の支払いで余分な金はないことがわかると、彼女はすげなくデートを拒否した。彼女は結局ウォルトの金目当てだっただけ。
ミスターZはいまだ金をみつけられないでいる。急に金回りの良くなったアパートの住人を怪しいとにらんだレナードは、すぐにボスに連絡を入れる。ミスターZの手下がその男を締め上げる。しかしボスの金とは無関係だと判明。彼はまたまた失恋の歌を歌う羽目になった。
トミーが再びウォルトの家を訪問する。ウォルトはラケットを握れるまでに回復した。そこにチャチャがやってくる。“フローレス・コンテスト”の衣装をウォルトに見せるためだ。ラスティとの交流で彼らに免疫の出来たウォルトは、ごく普通に会話を交わす。その様子を宇宙人でも見るような表情で見つめるトミー。
ある晩、男性の格好で黒服に身を包んだラスティがアパートに戻ってきた。べろべろに酔っ払っている。心配したウォルトは声をかけた。お母さんが亡くなり、葬式を済ませてきたのだという。形見の手袋を見ながら、彼は母の思い出を語る。母は、保守的で威圧的な父の奴隷であった。毎日教会に通い、息子がゲイになったのを恥じていたとか。そして毎朝父に“私を愛してる?”と訊ねたが、その都度返事は帰ってこなかった。それを30年間続けたという。帰ろうとするウォルトにラスティは内心を吐露する。「あたしはアーティストでもなんでもない。ただの孤独な醜いドラァグ・クィーンよ」ウォルトはかつて彼に言われたとおりの言葉を返した。「自分を哀れむのはやめろ」
そこに、ラスティの恋人が金を無心にやってくる。ウォルトに危害が及ばないよう、彼を隣の部屋に導いたラスティは、暴れる恋人を追い払う。ラスティはウォルトに、彼のために性転換手術を受けるのだと告白した。完全な女になるために。自分の理想の女になるために。ウォルトとてその気持ちはわからなくもないが、なにもわざわざ不細工な女にならなくてもよさそうなものだ。でもラスティの耳にはウォルトの小言は届かなかった。眠り込んでしまったのである。
トミー達警官仲間がウォルトのアパートに押しかけてきた。昔話に花を咲かせる彼ら。そこにティアがやってくる。彼女は心からウォルトのことを心配していたのだ。彼女が持参したタンゴのテープを聴く。ティアは一緒に踊ろうと誘うが、ウォルトは払う金がないことを気にしている。意に介さず情熱的なキスをする彼女に、彼は侮蔑的な言葉を投げつけた。トミーに頼まれて来たのだろうと。表情に静かに怒りをたたえ、ティアは別れを告げて出て行った。
ラスティとのレッスンは続き、中断していた歌のレッスンも進む。ウォルトの歌が上達するごとにリハビリも進み、やがて一人で外出できるまでに回復していった。ついに一曲最後まで歌いきったウォルト。彼の言語がだいぶ回復したのを見計らって、ラスティはレッスンはもう終わりだと告げた。まだ違う曲も教えて欲しいと請うウォルトだったが、ラスティは一人で練習できるとうけあった。
ゲイ&レズビアンセンターでは、今年のゲイ・パレードの話し合いがもたれていた。ゲイの共和党員達とラスティ達ゲイの代表が、パレードをどういった趣旨で行うのか決めるのだ。共和党員は、政治的意義を高めるためにも、女装といった見世物はやめるべきだと主張。しかしラスティ達は、ゲイの誇りを持って女装すると宣言し、話し合いは物別れに終わる。
ミスターZはレナードの母親を誘拐し、失われた金を見つけなければ殺すと脅した。
ある晩ウォルトはラスティの部屋を訪れた。ウォルトが扉を開けると、ラスティたちの仲間はもちろん、アパートの住人、ウォルトの担当医師、ル・ショーン、おまけにトミーはじめ警官仲間まで一緒になって「卒業おめでとう」と盛大に叫ぶ。部屋は派手派手しく飾り付けられ、お祭り騒ぎだ。感激で目頭を熱くするウォルト。チャチャはすっかりウォルトが気に入ったようだ。ダニエル・デイ・ルイスが主演した映画「マイ・レフト・フット」のビデオを彼に渡し、熱いまなざしを向ける。ピザを届けにきた顔なじみのマッチョ青年カーマインは、たちまちオカマたちのセクハラの餌食になる。カーマインの親父も割り込んで、パーティは大騒ぎになった。
お祭り騒ぎが終わり2人だけになった部屋で、ラスティはウォルトの健闘を静かに称えた。しかしウォルトは、女にも相手にされなくなることを恐れる心情を素直に告白する。そして今まで誰にも話したことのない事実を口にするのだった。彼の警官時代の大親友だったジョーは、習い覚えたコンピューターの技術を悪用して銀行の情報を操作し、20万ドルもの大金を横領してアジアへ逃げた。それを知る者はウォルトのみ。ずっと心にわだかまっていたことを吐き出し、すっきりしたウォルトは、自分はヒーローなどではないと言い切った。
彼の告白を受けて、ラスティも重大な秘密を打ち明ける。なんとミスターZの金を密かに持っているというのだ!真相はこうだ。アンバーが撃たれ、ウォルトが病院に搬送された後、ラスティは合鍵でアンバーの部屋に入った。そこに隠してあったミスターZ の金を持ち出し、ドレスを着せているマネキンの体の中に隠したという。彼はそれを性転換手術の費用にしようとしていた。女に生まれ変わったらアンバーの葬式を盛大に行う。ダイアナ妃みたいに。
ウォルトは、針仕事や歌のレッスンで金を稼いで手術代を貯めていたというラスティの嘘に憤慨する。彼は、密告屋レナードの目を欺くためのカムフラージュにされたのかと怒る。売り言葉に買い言葉で、ラスティも言い返す。ウォルトがコーチに自分を選んだのは、やわなオカマが相手なら、自分はマッチョだと優越感を持てるからだろう、と。野グソをして銃をぶっ放すより、ゲイとして生きるほうが何倍も勇気がいることなのだ。逆境の人生を歩んでいる、これが真実だ。ウォルトも言い返す。どんなに手術したところで、しょせん太ったブスのオカマだ。女にはなれっこない、これが真実だ。結局2人は、お互いをののしりあった挙句に袂を分かってしまった。
「あんたの栄光は過去のものなの。私は女の物まね、あんたは男の物まねよ」
「くそったれ!」
ラスティに届いた手紙を開封したレナードは、ついにZの金のありかを発見する。
ウォルトはなじみのダンスクラブにやってきた。花を携えている。それを自分のものだと勘違いしたカレンを押しのけ、彼は照れながらティアに花束を渡す。ぎこちなく彼女をダンスに誘い、ホールの真ん中で踊り始める2人。徐々に親密さを増していく彼らの様子を、周囲の人間はだまって見つめていた。
“フローレス・コンテスト”が開催された。優勝はチャチャ。それを不服とするオカマ集団が騒ぎを起こしてしまった。カメラのフラッシュがたかれる中、主催者のレズビアンは、文句を垂れる連中のカツラをとっぱらう。会場は喧騒に包まれた。
ウォルトはティアとベッドを共にした。打ち解けた2人は、かつてラスティが彼に言った言葉をかみしめる。「逃げる女もいるが、寝てくれる女もいる」
アパートに戻ったウォルトに、レナードが不思議なことを言った。今夜ここで騒音がするかもしれないが、無視してくれというのだ。関係を持ちたくないウォルトは、知ったことか勝手にしろと捨て置いた。Zがラスティのネコババに気づいたのだろう。密告したのはおそらくこのレナードだ。口では関係ないと言ったものの、やはりラスティの身が心配なウォルト。
コンテストで優勝してご機嫌なラスティが帰宅した。部屋にはZと手下が待ち構えていた。Zは、性転換手術を知らせる手紙をちらつかせながら、金のありかを尋ねる。手下達がラスティを拷問する。彼の絶叫がアパート中に響き渡り、ウォルトの耳にも届いた。たまらず銃を構えたウォルトは、密かにラスティの部屋に入っていく。マフィア達がラスティに気をとられているうちに、彼は発砲した。ところが手下の一人と相撃ちになり、ウォルトも肩を撃たれる。その一瞬の隙に、ラスティはピンヒールで思い切り手下の足を踏み潰した。逃げ出したラスティを手下の一人が追っていく。Zはウォルトに銃口を向け、金のありかを白状するよう迫った。ラスティは階段で手下と格闘の末、ピンヒールをその額に突き刺す。ウォルトは嘘をついて寝室にたてこもり、助けを呼ぼうと電話を探す。ラスティは死んだ手下の銃を手に、非常階段を上って屋上に逃れ、自室の寝室側の窓に廻って中へ入ろうと奮闘する。ついに寝室のドアが破られた。ラスティは「ターミネーター」のリンダ・ハミルトンを思い出しながら自分を鼓舞し、窓を破って寝室に飛び込んだ。ラスティの持っていた銃をZに向けるウォルト。しかし彼はラスティの頭に銃をつきつけて反撃する。そのときラスティは、手じかにあったやすりをZの肩に突き立てた。ウォルトの銃が火を噴き、一発でZを仕留めた。
警察とマスコミが集まってきた。近所中の人々とラスティの仲間達が、得意満面でインタビューに答えている。救急車に入れられるウォルトに付き添おうとしたラスティを、救急隊員が止めた。しかしウォルトは、彼女は自分の妹だからと隊員に説明する。ラスティは、慌てる隊員にZの金をわしづかみに渡し、ウォルトにニューヨークで最高の医師団をつけるように命令。
「まだタマ付きか?」
ウォルトとラスティはからからと笑い転げた。
一方、チャチャたちは、運び出されるZの死体に群がり、このゲス野郎と殴りかかる。
「よくもあたしたちの仲間を痛めつけてくれたわね!」
「地獄に落ちやがれ!」

画像

画面にはエンドクレジットが流れている。ウォルトは再びラスティのレッスンを受けている。ラスティは以前よりも難しい注文をつける。もっとうまく歌えるはずでしょ!2人のレッスンは順調に進んでいる。お互いに下ネタ満載のジョークを飛ばしながら、笑いが絶えない。

フローレス [DVD]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2007-11-02

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ


監督にはいろんなタイプがありますね。あるひとつのジャンルを極めて、映画史に残るほどの傑作をものにするタイプ。雑多なジャンルを手がけ、どんな作品でもそれなりに標準をクリアできるようなものを作る手堅いタイプ。特に後者は、映画製作会社から重宝されることが多い…。

この作品の監督、ジョエル・シュマーカーは明らかに後者。彼のフィルモグラフィーを見るにつけ、まあなんといろんなジャンルに手を出す監督かしら、と呆れるほどです。なかには、大失敗した「バットマンとロビン」なんていう珍品もあるのですが。彼は雑食性の職人監督として知られいますが、もうひとつ、マシュー・マコナヘーとコリン・ファレルを見出し、スターに育てた人としてもよく知られています。マコナヘーは「評決のとき」、ファレルは「タイガーランド」で自作に起用し、劇中では彼らにオシリの形がよくわかるホットパンツなどを履かせたりして、職権乱用しつつも(笑)しっかり彼らを明日のスターにしちゃったのだから、たいしたもんです。
そう、シュマーカー監督はゲイなんですね。彼の作品には、たびたびゲイテイストあふれる描写が出てきたりして、思わずにやりとさせられることがあります。想像するに、そういった意味では、この「フローレス」は彼にとって並々ならぬ思い入れがあったのではないでしょうかしら。

私、便宜上この作品をミステリーやサスペンス映画としてカテゴライズしましたが、実は劇中でのサスペンスの比率はほんの0.5割ほどしかありません(笑)。あとの9.5割はなにかというと、お互い全く異なる生活環境にあり、おかれている境遇も信条も考え方も価値観もまるで違う人間同士が、どのようにして互いを理解し、受け入れていくようになるのかという物語に尽きるのです。
人生の初期に、男性として生まれながら女性の心を持っていることに気づいたラスティ。彼の人生は、本人が言うとおり、イバラの道だったでしょうね。ひところに比べて同性愛に対する偏見は減ってきているとはいえ、まだまだ一般市民生活レベルでは、差別の対象になる存在でしょうからね。でも彼は、そんな自分を否定することなく、誇り高く太った体にきらびやかなドレスを着け、ちょっぴりぶちゃいくな顔に入念にお化粧施すことをやめません。そうすることが、自分を否定する世間への高らかな宣戦布告であるのでしょう。だからといって、始終肩肘張って世の中をねめつけているわけではなく、義理人情には厚く、大きな体の中には友情や弱きものに対する同情があふれています。彼自身が愛情に飢えている反動か、他人に施す愛情は大変深いのですね。
余談ですが、この作品では、ニューヨーク下町のゲイ・ライフについて、非常に細やかな描写が加えられています。一様にゲイといっても、そのコミュニティの中では、立場も生活環境も皆様々。私たちは「ゲイ」と聞くと、カリカチュアライズされた一典型を思い起こしますが、実は社会の中ではそれぞれにいろんな役割を担っているわけです。劇中でも、毎年行われるゲイ・パレードをめぐって、政治的立場の強いゲイの集団と、そうではない一般のゲイ達が対立するシーンがありましたね。同じゲイの人たちの中でも、立場が違えばお互い憎みあったり、互いに互いを差別しあったりしているのです。この作品は、そういったゲイ社会内部の事情も伺えて、大変興味深い一面を持っていると言えるでしょう。
また、ラスティの台詞もウィットに富み、非常に重みがありますね。彼が自分を称して、「男よりも勇気ある人生を選び、女よりも女らしい、それがあたしよ!」と言うのですが、ゲイとして誇りを持って生きることの難しさが垣間見られます。ラスティがウォルトにもらす本音は、とりもなおさず、シュマーカー監督自身の魂の叫びではなかろうかと思われるのです。

さて、ラスティのような人種とは、爪の先ほども縁がなかったウォルト。彼は保守的な価値観のもと、頑固一徹な警官として人生を送ってきました。典型的アメリカの頑固親父。脳卒中に襲われなければ、多分意固地な親父のままその一生を終えていたでしょうね。でも運命の皮肉で、彼は健康を奪われ、以前とは異なる身体になってしまいます。そうなって初めて、“普通とは違う”人間が社会の中でどんなに肩身の狭い思いをしているのかを、彼は実感するようになります。なかなか受け入れられなかったラスティを、最終的に理解できるようになったのもそのため。自分の価値観とは違う価値観で生きている人間もいるのだということを受け入れるのは、簡単なようで実は非常に難しいことです。偏見や差別はいけない、と私達は教えられてきますが、いざその対象を目の前にすると、なかなか理想を実行できないのも現実です。ラスティとウォルトの心のふれあいが、じれったいほどゆっくりと進んでいく様は、本当にリアル。
ラスティとウォルトは、一見水と油のような正反対の人間に見えますが、その根っこを突き詰めてみると、共通点が多いことに気づかされます。2人とも、恋人と信じていた相手は自分の金目当てであったこと。ラスティは今までにいくつもの愛に裏切られてきたし、ウォルトにしても、かつて愛していた妻には逃げられ、親友と信じていた男には犯罪に利用されている。両者とも、愛を失う痛手を知り尽くしているゆえに、新しい関係に臆病になってしまっている…。
皮肉にも、絶対に相容れないであろうと思われた相手が、お互いにとって一生続く友情に生まれ変わったわけです。異なるもの同士が融合するためには、お互いがそれぞれ少しずつ譲歩しなければなりません。ラスティはウォルトの頑固の根源を理解したし、ウォルトはラスティの悲しみの本質を理解しました。方や半身麻痺、方ややわなオカマ。彼らは2人で一人前だったのですよ。協力して悪者を倒した後のウォルトの台詞。「まだタマ付きか?」
結局タマがついていようがいまいが、命を張っても守りたいと思う人間が自分にとって一番大切な人間であることに違いはないのですね。

劇中には魅力的な傍役がたくさん出てきます。ラスティの店で働く3人組チャチャ、アメイジング・グレイス、イヴァナ。3人ともほんとにかわいい!それぞれ個性的でキャラも立っている。それに、けちなタレこみ屋レナードのママン命ぶりのおかしさ、アパートに住み着いてるボケかかったおばあちゃん達。ウォルトの警官仲間のとぼけた味わい―はじめはオカマを蔑視していたのに、パーティにはちゃっかり参加し羽目をはずしている―、ピザ屋のカーマイン親子のお人よしぶり、偏見なく貧しい人たちの面倒を見るニルマラ医師、リハビリ指導員ル・ショーンのクールさ。泣く子もだまるはずのマフィア達のどんくささ…。忘れちゃいけない、黄金のハートを秘めた誇り高き娼婦ティアの女っぷり!彼ら一人一人が、下町の人情味あふれるコミュニティを形成し、不幸に見舞われた仲間ウォルトをがっちり支えるわけです。泣かせますね。
映画のエンドクレジットには、彼ら傍役全員の名前と映像がすべて繰り返されます。台詞が1つしかないような小さな役の役者まで全て。映画の本筋とは関係ない、このような部分で感動させられる作品でもありますね。
シュマーカー監督が、どんな小さな役にも丁寧な描写を施しているので、この作品は一種のアンサンブル・ドラマとしても見ごたえがあります。劇中で交わされる台詞もおもしろく、猥語やスラングが満載のひどいものですが、不思議といやらしさは感じられません。むしろ、下町の人たちの生き生きとした生活臭が感じられて、わくわくします。
肌が白かろうが、黒かろうが、オカマだろうが、ギャングだろうが、はたまたスペイン語しか話せなかろうが、どっこい俺たちゃ生きている。貧しくとも、社会にしっかり根を張って生きている人々への暖かな賛美のまなざしが、この作品には満ちているのです。

画像

最後に。デ・ニーロの半身不随演技がかすむほどの怪演ぶりをみせてくれたホフマン。彼をご存じない人が見たら、おそらく本職のドラァグ・クィーンが演じていたと勘違いされるのでは。それほど本作のホフマンは、本当に役柄の人生を生きているような質感を演技に与えていました。彼の芝居を見るだけでも、この作品を鑑賞する価値はあります。まだご覧になっていない方がいましたら、ぜひお手元にとって観て下さいませ。

―私達の世代の最高の俳優の一人、フィリップ・シーモア・ホフマンに捧ぐ

フィリップが映画の宣伝で来日してくれるのを心待ちにしていました。それももう叶わぬ夢。彼の笑顔を見ることもできません。今はただ、心安らかに眠ってくれていることを祈るばかりです。

画像

社会が、“やせすぎ”であることに警鐘を鳴らすようになって久しいです。しかしながら、やせ細ったモデルを起用するファッション業界では、いまだにやせていることが美の基準であると信じられています。一時期もてはやされたガリガリモデルをメディアから締め出す事件も過去にはあったのですが、現状はなかなか変えられないというのが実情ですね。確かにハリウッドでも、特に女優に対しては、“細ければ細いほど良い”という、外見に関する暗黙の鉄則があります。そういったハリウッド式価値観に縛られるあまり、ダイエットのしすぎで健康を害する女優が数多くいるそうですよ。
大体、そんな“スリムな人間が美しい”なんて価値観、誰が作ったんですか?やせることに拍車がかかって、骨と皮ばかりになっている女性なんて美しいとは感じませんよ、普通。もちろん不健康に太りすぎるのもいけませんが、なにごともほどほどが一番。“過ぎたるは及ばざるが如し”とは真理を突いた格言ですね。
個人的には、ぽっちゃりしているぐらいの人の方が好きです。男性でも女性でも、やせすぎていると、なんとなくぎすぎすした感じに見えるから不思議ですね。たとえどんなに造作の美しい顔があっても、それを支える身体がどこもかしこも細いのは、なんとなく不自然に見えるんです。私だって若い頃には細いことに執着する時期がありましたが、今は、その人間の背の高さや体つきにふさわしい脂肪が身体に纏われていないと、病的なものを感じるようになってしまいました。ですから、好きな俳優さんの中にはぽっちゃり系の方が結構いるんですよ。あるいはしっかりした体つきの方とかね。ひょろひょろしたのはちょっと勘弁…(笑)。なかには太れない体質の方もいるかもしれませんから、あまり強くは言えませんが。
“ふくよか”系の俳優で一番のお気に入りが、フィリップ・シーモア・ホフマンですね。彼は演技巧者でして、どんなイヤミな役でもあるいはどんなに悲惨な役でも、たちどころに生き生きと演じて見せます。ネガティヴな役柄ならば、そのネガティヴさに説得力を持たせるべく、役に生命を吹き込める数少ない俳優の1人であると確信しています。

2005年度のオスカーを受賞した作品「カポーティ」までは、脇で主役を補佐する役回りばかりでしたが、どんなに小さな役でもその強烈な個性を抑えることはできませんでした。
トッド・ソロンズ監督による、奇天烈で愛すべき人間の観察日記「ハピネス」での哀れな変態男しかり。
また、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ブギーナイツ」における、デカ○○主人公に恋するけなげなオカマしかり。同監督の「マグノリア」では、心優しく穏やかな看護人を演じて演技の懐の深さを見せ付けてくれました。
アンソニー・ミンゲラ監督の「リプリー」では、イヤミたらしくも勘の鋭い金持ち男を不遜に演じ、まるでカメレオンのよう。ブレット・ラトナー監督の「レッド・ドラゴン」では、時にふてぶてしく、また時にはずるがしこく、はたまた犯人と相対峙する際には恥じも外聞もかなぐり捨てて哀願する様を、素晴らしいインパクトで演じ、脇役なのに一番目立っていたかも(笑)。
実在の天才作家カポーティを描く伝記映画では、自ら製作総指揮も兼ねる意気込みのほどを見せてくれましたが、彼の実力にたがわぬ名演振りでオスカー受賞も当然の結果でしょう。カポーティという作家は、文学の新たなジャンルを打ち立てた史上に残る人物である以外に、ゲイを公言し、自らセレブであることをおおいに楽しんだ、強烈な個性の持ち主でした。しかし俳優として数々の奇抜な役柄に扮したフィリップならば、それまでに演じた役の集大成的な形で、独自のカポーティ像を築くであろうことは、半ば予想できたことです。実在の人物を演じる際の苦労は大変でしたでしょうが、個人的には、このカポーティ役がフィリップの新境地開拓であるとは思いません。
もし私にオスカーを授与する権限が与えられるならば、「カポーティ」ではなく、名優ロバート・デ・ニーロをすっかり霞ませてしまったこの「フローレス」でのドラァグ・クィーン役で、彼にあのトロフィーをあげたかった。でぶでぶさいくでオカマで…。三重苦を背負うマイノリティでありながら、それに誇りを持ち昂然と顎を上げて生きるラスティ。どんなにののしられようと、身体に障害を負った相棒のために命を張る勇気をもつラスティ。彼は、人間の美しさとは見た目のものではなく、心の在り様なのだと実感させてくれる、例えようもなく“美しい女性”の生き様を見せてくれました。

画像

彼女の笑顔を見ていると、やっぱり“ふくよか”はいいよなあと、ぬくぬく幸せな気分に浸れるのでした。

フィリップ・シーモア・ホフマン Philip Seymour Hoffman

1967年7月23日生まれ
2014年2月2日没 (享年46歳)
アメリカ、ニューヨーク州フェアポート出身

●フィルモグラフィー

2013年「ハンガー・ゲーム2」
2012年「ザ・マスター」
2012年「25年目の弦楽四重奏」
2011年「スーパー・チューズデー 正義を売った日」
2011年「マネーボール」
2010年「ジャック、船に乗る」
2009年「ウソから始まる恋と仕事の成功術」
2009年「パイレーツ・ロック」
2009年「メアリー&マックス」
2008年「ダウト〜あるカトリック学校で〜」
2008年「脳内ニューヨーク」
2007年「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」
2007年「マイ・ライフ、マイ・ファミリー」
2007年「その土曜日、7時58分」
2006年「M:i:V」
2005年「カポーティ」兼製作総指揮
2005年「追憶の街 エンパイア・フォールズ」(TVムービー)
2004年「ポリーmy love」(未)
2003年「コールド マウンテン」
2002年「レッド・ドラゴン」
2002年「パンチドランク・ラブ」
2002年「25時」
2000年「あの頃ペニー・レインと」
1999年「マグノリア」
1999年「 リプリー」
1999年「フローレス」
1998年「ビッグ・リボウスキ」
1998年「パッチ・アダムス」
1998年「ダブル・ガントレット」(未)
1998年「ワンダーランド駅で」
1998年「ハピネス」
1997年「ブギーナイツ」
1996年「ツイスター」
1996年「ハードエイト」(未)
1994年「男が女を愛する時」
1994年「ゲッタウェイ」
1994年「ノーバディーズ・フール」
1993年「ビッグ・マネー・ブルース」(未)
1992年「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」
1992年「マイ・ニュー・ガン/あぶない若妻」(未)
1990年〜「ロー&オーダー」(TVシリーズ)ゲスト出演


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 12
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
天国のフィリップへ−「フローレス Flawless」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる