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zoom RSS さよなら、愛しい映画−「愛の奴隷 A Slave of Love」

<<   作成日時 : 2015/12/18 15:09   >>

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我々はみな、映画への愛の奴隷。

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「愛の奴隷 A Slave of Love」(1976年製作)
監督:ニキータ・ミハルコフ Nikita Mikhalkov
脚本:フリードリフ・ゴレンシュテイン&アンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー
撮影:パーヴェル・レーベシェフ
音楽:エドゥアルド・アルテミエフ
出演:エレーナ・ソロヴェイ(オリガ)
ロジオン・ナハペトフ(ビクトル/カメラマン)
アレクサンドル・カリャーギン(アレクサンドル・カリャーギン/監督)
オレーグ・バシラシヴィリ(サーワ/プロデューサー)
コンスタンティン・グリゴリエフ(ニコライ・フェドートフ大尉/憲兵隊長)
ユーリー・ボガトイリョフ(マクサコフ)他。

1918年の革命混乱期、ロシア国内では赤軍と白軍の内戦が続いていた。

人気女優オリガ主演の映画を上映中の映画館。暗闇を破って、突如憲兵隊長ニコライが現れた。革命分子が観客の中に紛れ込んでいるというのだ。彼らは1人の男を連れ出すと、道端で殴りつけ、ジープの中に放り込んだ。

オリガは今、南部の田舎町で主演映画の撮影の真っ最中だった。だが革命運動の影響で物資は常に不足気味、しかもオリガの共演俳優たちもスタッフもモスクワから出られない状況だ。肝心要のもう1人の主演俳優マクサコフも、モスクワに留まったまま。プロデューサーのサーワは、遅々として進まない撮影に喝を入れに現場にやってくる。いつも夢見がちな少女のようなオリガ、太りすぎだが才能ある映画監督のアレクサンドル、フィルム切れを悪びれもしないカメラマンのビクトル、いつも原稿用紙の山に埋もれている脚本家。撮影現場は個性的な人々で溢れている。だがこの風光明媚な田舎町にも、革命の暗い影がひたひたと押し寄せていた。憲兵隊長のニコライは、現場のすぐ隣の民家を強制捜査し、街中でと同様非道な連行を行っている。彼は撮影現場に革命分子が紛れ込んでいないか、神経を尖らせているのだ。ビクトルは、いつもフワフワと夢見る瞳のオリガを見つめている。成熟した女性でありながら、彼女はどこか地に足がついていない。ビクトルにとっては、とても愛しい存在だった。
マクサコフは2週間目にモスクワを経ったというのに、まだ撮影に合流しない。それもこれも、革命が国の調和を乱しているせいだ。この国の映画産業は、今や“野獣が殺しあう原始林”だと揶揄されるまでに混乱している。心ある映画人はモスクワに留まって当局の横暴に抵抗を続けるか、とっくに国外に脱出していた。これ以上撮影を中断できないと、サーワはマクサコフの代役を探し始める。しかし暇な俳優は大根役者のカーニンしかいなかった。アレクサンドルのライバル監督は、順調に撮影を進めているようだ。サーワは神頼みをし、アレクサンドルは苦虫を噛み潰す。モスクワでは革命が起こっており、撮影現場の町には反革命軍がいる。考えてみれば、彼らは実に奇妙な状況に置かれているのだ。テーブルにへばりついて脚本を書き続ける男にはそれはわからないだろう。
オリガが森の中で散策していたとき、ビクトルが全身埃まみれで車を駆ってきた。彼は車の砂埃を簡単にぬぐうと、釣竿を抱えて姿を消す。野原では、撮影隊がピクニックの真っ最中だ。この牧歌的な光景のどこにも、革命の暗雲など見出せない。サーワとアレクサンドルは、昔映画産業が盛んであった時代に行った撮影の話に花を咲かせた。オリガ主演の「戦争と平和」を撮影した土地はことのほか美しく、雪の白と草の緑が対を成していた。その頃はなにもかも素晴らしかった。景色ですらも。オリガはビクトルにどこに行っていたのか問いただす。釣りに行っていたにしては彼の行動はどこか変だ。彼女はビクトルを明日の散歩に誘う。そこへ憲兵隊長ニコライが登場する。平和を乱す厄介者だが、彼を拒むことは出来ない。ニコライもビクトル同様埃だらけだ。800キロも走ってきたという。ニコライは慇懃だったが、この町に地下工作員が大勢潜伏していることで焦りを隠せないでいる。
オリガとビクトルは、ファンが大勢見守る中、ビクトルの友人イワンが経営するレストランで会った。ここにも、ニコライの腹心の部下ヴァーリンが張り込んでいる。工作員を見張るためだ。オリガは熱心なファン取り囲まれるのにも退屈し、ビクトルの車に乗り込んだ。ビクトルはオリガが詩的に人生の機微を形容しようとしても、すぐに冗談でかわしてしまう。とらえどころのない男だった。オリガはそんな彼に興味を引かれたのだ。オリガも男に夢を見る年齢でもないのだが、人生は全て映画のようだと思い込んでいるふしがある。ビクトルは、結局は初心なままのオリガに真実を打ち明けてよいものかどうか迷った。彼女は今もマクサコフに心を残しているのだ。
散歩をしながら、ビクトルはオリガに打ち明け話をした。1914年、戦争で負傷した際、入院先の病院でオリガの亡夫に会ったことがあること。そのときからオリガに憧れていたこと。しかし、オリガの今いる世界はもはや絶滅寸前であり、この国では新しい世界が産声を上げ始めている。名もなき大勢の人々の貴い命を犠牲にして。虚無と悲しみがオリガの首に手をかけており、彼女とて今のままではいられないのだ。しかしビクトルの必死の告白も、強い風と風に吹き飛ばされるスカーフに気をとられるオリガには届かなかった。オリガはビクトルがマクサコフに嫉妬していると勘違いしたのだ。ビクトルは苦笑しつつその場を去っていった。
ついにモスクワから、撮影隊のスタッフと共演者が到着した。何もかも国有化されて物資不足が深刻なモスクワで、密かにフィルム15万フィートと現像用の薬品を隠し持っていた助監督は、食糧にも事欠くモスクワの惨状を皆に伝えた。誰もが安堵感に包まれる中で、オリガは1人夢みるような笑顔でマクサコフを探す。しかし彼はいなかった。マクサコフは革命支持を表明して、モスクワに残ることを選択したのだ。オリガは涙と共にマクサコフの写真を捨て、皆の下へ走っていった。

撮影再開。マクサコフの代役はカーニンだ。オリガはマクサコフが忘れられず、演出にも相手役にも、挙句の果てにはマクサコフにまで悪態をつく始末。ヒステリーを起こして泣く主演女優、呆れるプロデューサー、いつも忙しい助監督、そしていつもテーブルにかじりつく脚本家。いつもと変わりない撮影現場の光景だ。私語を楽しむ端役の者たち、ブランコに乗る代役の大根役者。
相変わらずオリガのヒステリーは治まらない。ホテルのお湯が1週間出ないこと、暖房はとっくに切れていて家族4人で身を寄せ合うようにして眠っていること。人間らしい生活が出来ないと捲し立てている。ビクトルがうんざりして彼女を制すると、オリガは子供のようにむくれた。マクサコフの主演映画がかかっている映画館にずかずか足を踏み入れると、マクサコフと自分の演技を罵倒し、群がる観客に入場料で貧者を救って欲しいと訴える。だが、大スターの登場に目の色を変えたファンの群れは、彼女の話など聞いてはいない。やがてその場はオリガのサイン会に変わってしまった。離れた場所からその様子を皮肉をこめて見つめるビクトル。女優は所詮偶像でしかない。偶像は意思を持ってはいないのだ。
アレクサンドルは、撮影中の作品が世紀の駄作になることを確信していた。オリガはやる気をなくしているし、カーニンは大根だし。おまけにビクトルは撮影現場に来ないし。ビクトルは千鳥足でご到着だ。埃だらけでのおかしなよっぱらいだ。撮影が再開されたが、今度はニコライが邪魔をしにきた。未明に彼が行った処刑の模様を不法に撮影した者がいるというのだ。地下革命組織のメンバーが、撮影隊に紛れ込んでいると。彼はオリガさえいなければ、撮影隊の連中を皆殺しにしているところだったろう。この中に革命分子が潜んでいるのだ。ビクトルは、1人座っているオリガの元にやってきた。彼の車のシートの下にフィルムがあり、それを気づかれずに取ってきて欲しいという。酔っ払いは演技で、のっぴきならない状態から自分を救って欲しいと頼まれたオリガは、まるで冒険映画のヒロインになった気分だった。彼女は女優だ。ビクトルの車のそばに張り付いているヴァーリンの注意をそらしつつ、うまくフィルムを回収した。
オリガが助けなければ、ビクトルはニコライに殺されていたという。オリガは謎めいたビクトルの使命にロマンを感じ、1人興奮する。自分も世界を救うために、そんな危険な仕事をしてみたいと。何者かになりたい。“無”のままでいるのが怖い…。見詰め合う2人の隣を、憲兵隊を満載した車が通る。いつになく固い表情のビクトルは、オリガにフィルムを見せると告げた。明日の秘密の上映会に彼女を連れて行くのだ。オリガはワクワクしながら誰にも言わないと約束した。ことここに至って、彼女はまだ事態の深刻さを理解していなかった。ビクトルにキスをねだったかと思うと、大好きな歌を歌いながら、夢みるように道を歩いていく。夢はどこにあるのか…と。ビクトルを1人車に残して。
翌日、オリガはビクトルとのデートを前に夢心地だ。彼女はすっかりビクトルに夢中だったのだ。しかしオリガの母は、早くパリへ脱出したいと気を揉む。周りの人々は身一つで国外に逃亡し始めているというのに、オリガはデートに着る服の心配をしているのだ。
フィルムは、政府の使役を拒否したために村を焼かれた避難農民の人々の模様を映していた。地下新聞の編集者が家族と共に憲兵に殴られ、連行される様子。地下革命委員長と他6名が、憲兵にいきなり殴りつけられて逮捕され、そのまま谷に連行されて銃殺された模様。皆、裁判もろくな捜査もなしに、密告だけに基づいた処刑である。フィルムにニコライが登場した。腹心の部下ヴァーリンも影のように付き添っている。スト委員会の労働者とその家族もまた、同じ日に銃殺された。至近距離からの射殺。ビクトルが密かに撮影したフィルムには、当局の恐るべき横暴が克明に記録されていた。射殺された遺体は葬儀もされず、遺体が返還されたのは3日もたった後だったという。フィルムの最後の映像は、夫と4人の子供を射殺された女性の、冷ややかな双眸。暗く澱んだように沈む瞳であった…。
ビクトルたち地下革命委員会のメンバーは、この証拠フィルムを一刻も早くモスクワに運ばねばならないと勢いづく。国外のマスコミにも発表するべきだと。オリガは重苦しいその場の雰囲気から、1人よろよろと逃げ出した。
オリガは、ビクトルからこのフィルムを見せられたことで絶望し、映画の撮影を中断してモスクワへ行くと駄々をこねる。しかしサーワは、オリガの泣き所である 2人の愛娘たちを巧みに誘ってオリガのモスクワ行きを止めた。仕方なくオリガは撮影に残ったが、しかし自分が深みにはまってしまったことを、知り過ぎてしまったことから今もって目を背けていた。憲兵隊はビクトルを地下革命委員会のメンバーと断定し、その身柄を追っている。ビクトルは監視の目をかいくぐり、なんとかオリガに会ってフィルムを託したが、オリガの目の前で車に乗り込んだところで、憲兵隊に蜂の巣にされてしまう。衆人環視の広場での出来事だ。ニコライは、オリガの愛するビクトルを目の前で無残に射殺した。だが彼らの目的はフィルムだ。その魔の手はいずれオリガの上にも伸びるだろう。恐怖に震えるオリガは、一緒にフィルムを観た委員会のメンバーの1人イワンに助けを求める。しかし彼はやむなくオリガを見捨てた。誰も力になってくれない。オリガはこの突然の不幸が信じられず、イワンの家に石を投げつけて泣きじゃくる。

撮影は今日で終了だ。撮影隊は現場を撤収し始めた。サーワは、アレクサンドルが革命思想に傾倒しかけているのを憂えるが、時代は急激に変わろうとしていた。赤軍が戦線を突破したのだ。ニコライは、撮影隊を抜き打ちで捜査にやってきた。彼は泥酔状態で、下劣な言動でサーワとアレクサンドルを愚弄する。ビクトルの撮影したフィルムがいまだに見つからないからだ。憲兵隊があちこちを引っ掻き回す中、アレクサンドルはオリガに映画のラストシーンのリハーサルを施す。オリガ扮するヒロインが拳銃を片手に自殺する直前、かすかに微笑むという演出だ。しかしオリガには彼の声が聞こえていない。なにもかもが無声映画の中の出来事のように思われ、実態がつかめないのだ。彼女は手にした小道具の拳銃を思わずニコライに向けて発射する。もちろん小道具であるから、空砲だ。それでも現場は一瞬の緊張に縛り付けられる。耐え切れなくなったサーワが、突然ニコライを指差して嗚咽する。政治が、思想が、なにもかもが、映画という夢を土足で踏みにじろうとしている。時代は変わろうとして最後の足掻きをし、もはやこの国では映画など作れない。文化は死んだのだ。
地下革命委員会は、オリガとフィルムの安全を保護し、ニコライと腹心の部下ヴァーリンを処刑することを決議する。彼らは撮影隊を包囲し、本物の銃声に現場が騒然となっている間にオリガを連れ出した。ビクトルのフィルムはメンバーが持ち出し、さらにニコライとヴァーリンを追い詰め、これを射殺。そのまま外へ逃げだし、走ってきた市電の運転手に銃口を向けて止めると、オリガ1人を市電に乗せて街のホテルへ行くよう指示した。2日後には、オリガの元に委員会のメンバーが赴くことになっていたが、彼女の心は不安で張り裂けんばかりだった。いまだ銃声は続いている。ところが市電の運転手は、突如運転席から飛び降りると、オリガを指して革命家を逃がすなと叫び始める。彼はニコライの知り合いだったのだ。それを耳にした騎馬憲兵隊はいっせいに市電を追い始める。しかし運転手を失った市電に乗ったままのオリガには、なにがなんだかわからない。

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夢はどこにあるの
私に聞こえる声
それは笑い声でも泣き声でもない
愛の囁き
魂が歌う
私をその手の中で鎮めておくれ
そう
私はあなたを信じている
そう
私は夢を信じている
そう
私は愛を信じている
そう
夢はやってくる


座席にへたり込んだオリガは、狩りを楽しむかのように市電を追う騎馬隊を、芝居がかった仕草で見やる。
「皆さん、あなたたちは残酷なけだものよ。皆さん、あなたたちは祖国を裏切る呪われた者よ…」

そしてオリガを乗せた市電は、目もくらむほど白く輝く霧の中に消えていき、騎馬隊もその後を追ってじきに消えていった。それはまるで映画のフェードアウトを思わせる光景であった。画面はどこまでも白く輝いていた。

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〜ロシア革命と内戦の変遷について〜

1861年に起こった農奴解放以後も、ロシアでは農民の生活は一向に改善される気配がなかった。また、19世紀末以降の産業革命は多くの工業労働者を産み、国内の社会主義勢力が着々と影響力を増しつつあった。ロマノフ王朝の絶対君主制(ツァーリ)を維持する方針を貫いていた政府は、これらの社会問題に対しなんら対策を講じることがなく、国内の政情不安は緊迫するばかりであった。
日露戦争での苦戦も市民生活のうえに重くのしかかっており、生活が逼迫した労働者は、 1905年にサンクトペテルブルグで懇願デモを起こした。政府はこれに発砲することで対抗したため、労働者や兵士の間で革命運動が活発化し、国内各地でソヴィエト(労兵協議会)が結成された。有名な戦艦ポチョムキンの反乱は、この動きを受けてウクライナ人水兵によって起こされたものだったが、他戦艦に鎮圧されている。皇帝ニコライ2世は勅令を発して“ドゥーマ(国会)”の開設と憲法制定を公約し、貴族層を基盤とする立憲民主党(カデット)の支持を得て革命運動の鎮静化に努めた。首相ストルイピンは国内の改革に着手したが、皇帝に集中する政治権力と農民社会の後進性の格差は依然として大きく、望むような改革を果たせぬままストルイピンは暗殺された。
改革が遅々として進まぬ中、労働者を中心とした社会主義革命の実現を目指すロシア社会民主労働党は、ウラジーミル・レーニンが指導する“ボリシェヴィキ”とゲオルギー・プレハーノフらによる“メンシェヴィキ”に分裂した。しかし党勢そのものは、当時農民の支持を集めていた社会革命党(エスエル)と共闘することで、急速に全国に拡大していく。

・二月革命
食料不足を訴える市民の王朝への抗議デモは各地で起こっていた。というのも、ロシアが第1次世界大戦に参戦し続けているためで、戦争による物資不足は日々深刻の度合いを深めていたのだ。抗議デモはあっというまに猛火となり、その動きに乗じて革命を目指す政党が活動を開始した。また、王朝直属の連隊に所属する兵士も反乱を起こし、抗議運動は武力を伴った苛烈なものへ発展する。政府と軍部首脳陣は専制の継続を断念し、ニコライ2世に退位を勧告した。こうして300年に及んだロマノフ王朝は終わりをつげたのである。
1917年に起こった、この二月革命から後の十月革命の間に、多数の無政府主義者および共産主義革命論者は革命の拡大を画策した。7月にはペトログラードのボリシェヴィキが労働者階級と無政府主義者と連動して市民蜂起を試みたが、これは臨時政府によって鎮圧されている。
二月革命後、カデットに所属する議員が中心となって臨時政府が発足する。それに対抗する形で、労働者や兵士を中心とした団体ソヴィエト(この頃はメンシェヴィキ、社会革命党主導型)も発足しており、この2つの勢力が連携して政権運営が行われた。社会革命党所属のケレンスキーが指導する臨時政府は、旧帝政時代の政府同様、英・仏・露の同盟関係に基づく対ドイツ戦線を張る。ソヴィエト内では、ボリシェヴィキの指導者レーニンが亡命先のスイスから帰国すると、平和とパンの要求を掲げて臨時政府の戦争継続政策を批判する動きが起こった。ところがほどなくして、軍内部の革命勢力の駆逐を求める最高司令官のコルニーロフ将軍とケレンスキー首相の対立が深まり、コルニーロフによって反臨時政府のクーデターが起こされる。ケレンスキーは、ボリシェビキを中心とする赤衛軍でもってこれを打倒したので、結果的にボリシェビキのソヴィエト内での勢力が増し、臨時政府の権威を脅かすまでになった。

・十月革命
ボリシェヴィキへの民衆の支持が高まっていき、やがてボリシェヴィキ中心の執行部が選出された。勢いづくレーニンは、武装蜂起による革命を起こして権力を奪取することをボリシェヴィキの中央委員会に提案。中央委員会は1917年10月10日に武装蜂起を決議し、10月16日の拡大中央委員会会議で最終決定された。ペトログラード・ソヴィエトでも、10月12日に軍事革命委員会が設置された。ソヴィエトもう一方の雄である指導者トロツキーも、もはや武装決起を否定せず、政権奪取へ意欲をのぞかせた。急進するボリシェビキを憂い、メンシェヴィキは軍事革命委員会への参加を拒否。軍の各部隊が次々にペトログラード・ソヴィエトへの支持を表明し、今後は臨時政府ではなくソヴィエトに従うことを定めた。10月24日、臨時政府は最後の反撃として、ボリシェヴィキの新聞『ラボーチー・プーチ』と『ソルダート』の印刷所を占拠したが、軍事革命委員会は逆にこれを契機に武力行動を開始する。10月25日には臨時政府制圧の声明を発表し、臨時政府最後の砦であった冬宮は26日未明に占領した。さらに27日、ソヴィエト大会は、全ての政治権力がソヴィエトへ移行したと宣言し、レーニンを議長とする人民委員会議を新政府として発足させた。
1917年11月、憲法制定議会の選挙が行われたが、新政府に反対する投票が多数を占め、ボリシェヴィキはソヴィエト内で再び少数派にまわらざるを得なかった。苛立つボリシェヴィキは、1918年1月の憲法制定議会開催の2日目に議会を武力で解散させ、以後、議会を再開することはなかった。
ボリシェビキ政権は、1918年3月にドイツとブレスト・リトフスク条約を締結した。2月に開始されたドイツ軍の進撃を食い止めることができなかったため、現在のバルト三国、ベラルーシ、ウクライナを含む広大な領域をドイツに割譲するとする内容であった。圧倒的にロシアに対して不利な条約を呑まされたことで、国内ではボリシェビキに反発する運動が起こる。それまで静観を保っていたソヴィエト内の一大勢力メンシェヴィキと社会革命党が、ボリシェビキと反ボリシェビキの交戦に干渉しはじめると、ボリシェビキ政権打倒を掲げて白軍が蜂起。旧帝政復活を目論む貴族層や旧臨時政府に忠誠を誓うものの支持を得て、南ロシア、シベリアなどの都市で活動を開始した。英・仏・露同盟を重んじる欧米列強は白軍への支援を表明し、白軍の根城であった黒海沿岸への援軍派遣、ポーランド・ソビエト戦争、シベリア出兵などを通じてボリシェビキ政権に干渉を行った。ウクライナでは、社会主義を掲げる急進的な民族主義者が十月革命に反対して独立国家を樹立。また中央アジアでは、バスマチ運動が活発に行われた。
対するボリシェヴィキは、秘密警察チェーカーに大きな権力を持たせ、市民にも密告を奨励し、メンシェヴィキや社会革命党(エスエル)を含むあらゆる反対派勢力をいぶり出して裁判なしに大量処刑していった。また、ボリシェヴィキは強力なプロパガンダ政策を敷いて、全ての非ボリシェヴィキ系新聞を発禁処分にした。白軍も負けずにレーニンを誹謗中傷するプロバガンダをぶち上げ、赤軍派の者を残酷に処刑するなど、両者の争いは泥沼化の様相を呈する。しかし、数と機動力、統率力に優れる赤軍の武力は、徐々に各地の敵対勢力を圧倒し、列強諸国の部隊をも撤退させていく。共産主義を掲げる赤軍(革命側)と、君主主義を掲げる白軍 (保守派、自由主義)の間で戦われたこの内戦は、多くのロシア国民の命を犠牲にしつつ、シベリア沿海州における白軍政権の崩壊まで続く。
そしてついに1922年、ボリシェヴィキは全国ソヴィエト大会で国家樹立を宣言し、他派を完全に排除した一党独裁政権であるところの、ソヴィエト社会主義共和国連邦が正式に成立したのである。

内戦終結後のロシアは荒廃と破壊の極みにあった。内戦末期になると、赤軍と白軍共に他方への残酷な報復合戦に終始するようになり、それに無関係の一般市民が巻き込まれる悲劇もたびたび起こった。レーニンの下で誕生した秘密警察チェーカーは令状なしで無制限に市民を逮捕する権限を持っていたため、多くの人々が密告によって無実の罪を着せられて処刑された。1920年から1921年にかけてロシアで発生した大干ばつが、そういった事態を更に悪化させた。レーニンは飢餓に苦しむ地域を救援するどころか、食料を強制的に徴発したため、餓死者の数は膨らんでいった。革命勃発からわずか数年の内に、およそ800万人もの人々がロシア国内で死亡したと推定されている。そして更に数百万人が、恐怖政治の支配する荒廃した祖国を見限って亡命したと言われる。その子孫には、後に芸術家、政治家、運動選手として活躍した者も多い。
 ――以上、Wikipediaから抜粋


国際的に活躍するロシア出身の映画監督ニキータ・ミハルコフ監督の、1974年の「光と影のバラード」(長編映画デビュー作)と1976年の「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」に続く3作目として発表された「愛の奴隷 A Slave of Love」。この作品の背景には、今尚ロシアの国土とそこに住まう人々に見えない禍根を残すロシア革命の悲劇があります。それは、私たち日本人には窺い知れない歴史の闇に閉ざされた出来事ですが、少しでも身近にするためにロシア革命の概略を上記しておきました。
作品で描かれるのは、1918年、黒海付近で映画撮影に臨む人々の人間模様です。直接画面に登場こそしないものの、当時のロシアを蝕んでいた荒んだ世情、モスクワなどの大都市では社会主義革命が進み、市民は日々の食事にも事欠く悲惨な状況に追いやられている有様などが暗示され、映画に翳りを落とします。ロシアの未来を憂えていた文化人やブルジョワジー階層などは既に国外脱出を始めており、国民的人気女優のヒロイン、オリガの母もしきりに亡命を催促する様子です。
しかしオリガは、自らの属するブルジョワジー世界がよもや消えてなくなるとは思ってもいません。何しろ彼女は国民的大スター、誰もが彼女を一目見ればその足元に額づくのです。彼女を熱狂的に愛する人々は、彼女自身ではなく彼女が演じる虚像に夢中になっているにすぎません。彼女自身もそれをわかっていながら、人生もまた自らが出演する映画のようにドラマチックであって欲しいと本気で願っているのです。自分から演技をとってしまったらなにも残らない。劇中、自身を例えて“私は無よ”と自嘲するシーンがありますが、本音と思しきそんなセリフすらも、彼女にとっては演技の一環なのです。もはや彼女にとって、現実も夢の世界も渾然一体となったものであり、彼女だけにしか見えない完結された美しい世界が、その目の前に広がっているのだと考えるべきでしょう。そんな人間に対し、いくらビクトルのような男が現実を直視しろと諭したところで、あまり大きな意味はありません。
そのビクトルは赤軍に属する男であり、社会主義こそ真に平等な世界の根幹を成すと信じています。彼がカメラマンとしてオリガ主演の映画を撮影する撮影隊一行に紛れたのは、彼らが黒海沿岸の美しい田舎町に滞在していて、そこはまだ旧帝政の流れを汲む白軍の勢力圏内であったからです。彼は社会主義による革命を黒海地域にも広めるため、白軍一派の横暴を世間に知らしめようと極秘裏に活動していました。実際には、赤軍勢力の方が白軍勢力よりはるかに勝っていたわけですが、ミハルコフ監督は、赤軍側(後に社会主義国家ソヴィエト連邦を樹立する)が地下に潜伏して白軍の横暴に抑圧されているかのような脚色を施しています。白軍側は民衆の敵、同情の余地のない悪そのものといった趣ですね。カメラによって白軍の横暴を暴こうとしたビクトルも、劇中悲劇的な死を遂げますし。そのため、この映画が製作された1976年当時のソ連映画事情も鑑み、ミハルコフ監督は体制側におもねったものを作らざるを得なかったのではないかと推測する向きもあるようです。
確かにそうしなければ、自由な映画製作もままならないといった厳しい状況もあったでしょう。ですが、個人的には、だからといってミハルコフ監督を日和見主義だと断じるのもどうかと思うのです。この作品の主眼は、ビクトルの描写を通じて赤軍をヒーローに仕立てることにはありません。むしろ監督が自分自身を投影したのは、先に述べたノンポリ・アーティストの象徴オリガであり、過去の栄光と今のロシアの映画環境の板ばさみになって困惑する映画監督アレクサンドル、そのアレクサンドルと共に過去を懐かしむプロデューサー、サーワであるのです。この3名は、積極的に革命に同調しているわけではなく、自分たちの私有財産を取り上げ、かつ映画製作を困難にする元凶の社会主義には嫌悪感を抱いています。自由な発想や想像力さえも規制される社会に、芸術が根付く土壌はありません。劇中アレクサンドルは、この国の映画産業は死滅したと呻吟しますが、それはまさしく1976年当時のミハルコフ監督が祖国に抱いていた感慨そのままです。監督はまたオリガにも、“モスクワ?あそこには映画などないわ”と吐き捨てさせていますね。さらにダメ押しのように、撮影途中で合流したオリガの共演女優に、革命に同調した人気俳優マクサコフを嘲笑させてもいます。ビクトルがいくら社会主義が新たな世界を創造すると力説しても、オリガにその真意が届かなかったのは、彼らにとって愛する映画を撮ることこそ人生の全てであったからなのです。
つまりこの作品は、ミハルコフ監督の映画に捧げる熱い賛歌なのですね。便宜上赤軍をヒーローとし、白軍を滑稽なまでに悪漢然と描いてはいますが、あくまでも便宜上の問題。監督にとっては、どっちがどっちでもどうでもいいことだったのでしょう。だって赤軍にしろ白軍にしろ、無関係の市民の命を犠牲にして無益な戦争を行っているという点においては、同じ穴のムジナであるのですから。映画で描かれる白軍の極悪非道ぶりは、むしろ内戦中の赤軍の姿そのものであることからも、監督の当局や革命の意義に対するシニカルな視線を感じてしまいますね。
この映画に生命が宿るのは、かのルノワールの描く美しい絵画が動き始めたかのような映像です。ルノワールが、どんなに厳しい生活環境に置かれても、光り輝くような明るい色彩の人物像を描き続けたように、ミハルコフ監督も、失われつつある田舎の緑豊かな自然の中で、優雅に遊んでいるかのような撮影隊の様子をひたすら描いていきます。暖かい日差しを浴びながら寝そべる人々の間を、ウェイターがきびきびと走りまわってシャンペンやお菓子を給仕し、ランチは草原でピクニックとしゃれ込む一行。撮影の合間には森を散策したり、仲間とおしゃべりに興じる余裕もあります。カメラは撮影隊の個性的な面々1人1人に焦点を当てていき、やがて彼らが一丸となってひとつの映画を完成させようと努力する姿を、遠景ショットの中に捉えます。この牧歌的な光景の中からは、飢餓や殺戮といった芸術を破壊する影はあえて排除されています。こうした映画製作の様子が私たちに高揚感をもたらすのは、言ってみれば映画そのものが大きな遊びのようなものだからでしょうね。

印象的なシーンはいくつもあります。劇中、美しい風景を広く捉えるカットが繰りかえし登場しますが、人物はその背景に溶け込むように佇み、たびたびその真ん中を悠然と立ち去っていくのです。カメラは歩き去っていく人物の後姿を、それが小さくなるまでいつまでも映し出します。アレクサンドルも、オリガも、サーワも、ビクトルですら、後姿のショットに、感傷的なピアノ曲やオリガの歌うメロウな歌が被さり、いつまでも余韻を残すのですね。典型的な映画的表現を多用することで、映画に独特のゆったりしたリズムが生まれ、それが革命によって踏みにじられていく終盤の悲劇がいや増す仕組みになっています。
映画製作という一種の夢の世界に、革命という現実を背負って登場するミハイル隊長やビクトルは、しかし劇中最も非現実的な演出が成されています。ミハイル一味が令状なしで革命派の人々を連れ去るシーン、あるいはついに正体を見破られたビクトルが、広場の真ん中で蜂の巣にされるシーン。舞台の上で死んだ人物が退場するかのように、連行された人々やビクトルの遺体は憲兵隊によって慌しく担ぎ出され、後にぽつねんと残されたうつろな空間がいつまでも画面の中央に映し出される様は、なんとも言えない感慨をもたらしますね。最後の革命委員会と憲兵隊の銃撃戦も、なにか映画のワンシーンのような印象です。
この作品の美と幻想は、やはり有名なラストシーンに集約されるでしょう。オリガの生きてきた夢の世界と革命という現実世界は、今まで頑なに平行線を辿っていたわけですが、彼女が意味もわからずビクトルを助けたために、ついに融合することになります。オリガはただ、熱意に溢れたハンサムなビクトルに惹かれ、自分も同じように情熱的に生きたいと子供のように憧れただけなのですが、革命は、そんな純真で無知な彼女をも容赦なく殺戮に巻き込んでいくのですね。オリガ1人を乗せた無人の市電(夢の世界)が、行き先も失って走り去っていく後を、白軍の騎馬隊(現実世界)が追いかけていくという構図は、この映画の悲劇的なテーマの集大成でもあります。オリガが追いすがる白軍に投げかける罵倒の言葉は、映画産業を蝕む体制への、あるいは人間の尊厳をも奪う戦争の愚への、監督の侮蔑の言葉であるように感じられてなりませんでした。シーンの背後に再び愛と夢を求める感傷的な歌が流れることで、理不尽に自由を奪われる悲劇が、オリガ一個人から普遍的な悲しみへと昇華されていくことがわかります。この映画の全ては、オリガを乗せた市電と白軍が、共にまばゆい光のような霧に消えていく瞬間のために存在していたのではないかと思われますね。それほど、このラストシーンは映画的なカタルシスに満ちているのです。

オリガを演じたエレーナ・ソロヴェイ、ビクトルを演じたロジオン・ナハペトフ、アレクサンドルに扮したアレクサンドル・カリャーギン、とにかくこの3名が素晴らしかったですね。

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ソロヴェイはチェシャ猫のような容貌の、コケティッシュさが魅力のファニー・フェース。決して美人とはいえないのですが、1910年から20年頃にはいたであろうと思われる“モダン・ガール”を、非常にリアルに体現していました。若い頃のメラニー・グリフィスのようなキャンディー・ボイスと、歌うような芝居がかったセリフまわしで、最初から最後まで観る者の目を惹き付けて止みません。

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対するナハペトフは、飄々とした中に強い信念を垣間見せるビクトルを好演しています。ビクトルが、無知ながらも純情なオリガの無邪気さに次第にほだされ、やがて自らの命を危険にさらすほど彼女を愛するようになる様を強く印象付けていました。憲兵に追われる一刻を争う中でも、覚悟を決めてオリガの呼び出しに応じ、彼女に最後の愛の告白をするシーンなど、さすがに涙腺に堪えるものがありましたね。しかし肝心のオリガは、その決死の覚悟を全く別の意味に取り違えるわけですが(苦笑)。オリガとビクトルの、始終噛み合わない会話のおかしさと、その裏に隠された互いの愛情の深さの落差もまた、実らなかったロマンスの悲劇を強調するものでした。

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個人的に最も気に入った俳優であるカリャーギンは、あの故ジョン・ベルーシそっくり。突き出た腹と撮影の遅れを親友サーワに嘆かれる、コメディ・リリーフ的な役回りながらも、芸術と政治の間で苦しむ映画監督の繊細さを見事に演じていました。いやー、本当に味のあるいい役者さんでしたわ。

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