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zoom RSS 水面に映る幸福−「ピクニック Partie de Campagne」

<<   作成日時 : 2015/07/12 23:21   >>

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“私は幸福だった。私はつくりたい映画をつくった。共犯者たちと一緒につくった”―ジャン・ルノワール自伝より抜粋

「ピクニック Partie de Campagne」(1946年製作)
監督:ジャン・ルノワール Jean Renoir
製作:ピエール・ブロンベルジェ
原作:ギイ・ド・モーパッサン短編「野あそび」
脚本:ジャン・ルノワール&ギイ・ド・モーパッサン&ジャック・プレヴェール(台詞協力)
助監督:ジャック・ベッケル&イヴ・アレグレ&ジャック・B・ブリュニウス&アンリ・カルティエ=ブレッソン&クロード・エイマン&ルキノ・ビスコンティ
撮影:クロード・ルノワール
音楽:ジョセフ・コズマ
歌:ジェルメーヌ・モンテロ「口をつぐんで」
美術:ロベール・ギ
編集:マルグリット・ルノワール他
出演:シルヴィア・バタイユ(アンリエット・デュフール)
ジョルジュ・ダルヌー(サン=サーンス)(アンリ)
ジャヌ・マルカン(アンリエットの母ジュリエット)
アンドレ・ガブリエッロ(アンリエットの父シプリアン)
ジャック・B・ブリュニウス(ボレル)(ロドルフ)
ポール・タン(アナトール)
ガブリエル・フォンタン(アンリエットのおばあちゃん)
ジャン・ルノワール(プーラン親父)
マルグリット・ルノワール(メイド)
ピエール・レストランゲス(老神父)
アラン・ルノワール(釣りをする子供)
ジョルジュ・バタイユ(神父)
ジャック・プレヴェール(神父)

1860年夏のある日曜日。パリで金物商を営むデュフール氏は、妻と義母と美しい娘アンリエットとその未来の夫アナトールを連れて、隣の牛乳屋から借りた馬車で田舎にピクニックに出かけた。
明るい日差し、目に痛いほどの野原の緑。美しい水面をたたえる川の流れ。橋で釣り糸をたらす少年に、一家は上機嫌で成果を訊ねる。この近くには小さなレストランもあり、ピクニックには最適の場所だ。彼らはここで馬車から降りることに決めた。一家の目に『レストラン・プーラン亭』の看板が目に入る。魚のシチューとフライを出すそうな。この川に住まう、生きのいい魚を料理するのだろう。素晴らしい。
アナトールはプーラン亭に釣り竿がないと聞いて、あからさまに落胆する。よそへ行こうと駄々をこねる彼をデュフール氏の奥方ジュリエットが一蹴する。一家の中では、ジュリエットが最も権力を握っているのであろう。
プーラン亭でぶらぶらしている青年2人。彼らは近郊に住む若者で、毎週末にはこのあたりの自然を―ついでに、都会からピクニックにやってくる女性達も目当てに ―楽しみにやって来ていた。2人のうちロドルフは、たった今到着した家族のなかに女性が3人もいると聞いて、にわかに色めきたつ。それを呆れながら見ている相棒のアンリ。
プーラン亭の親父が、釣った魚をフライにするかと2人に訊ねる。近頃の川魚は油くさくなった。アンリはそんな魚などパリジャンにでも食わせとけと言い捨てる。大笑いするプーラン。
「そりゃ名案だ」
アンリは、最近めっきり騒がしくなってきた田舎の現状を嘆く。ここもやがて都会人に踏み荒らされるに違いない。
「都会の連中は細菌と同じだ。もうすぐここも都会人だらけになる」
彼は不機嫌に、あの“牛乳屋”の連中が帰るまでは、川の上流に避難してやると言う。2人が座る食堂には、外ではしゃぐデュフール一家の歓声が聞こえてくる。ロドルフはいたずらっぽく相棒を見つめ、連中を眺めてみようぜとけしかけた。開け放たれる窓。2人の目に飛び込んできたのは、アンリエットとジュリエットが夏の日差しを背景にブランコをこぐ姿。母ジュリエットが上機嫌でお昼のメニューの注文をする傍らで、アンリエットは無心にブランコをこぐ。草の上での素敵な昼食を期待して、若いアンリエットは大きく大きくブランコをこぎ続ける。自然に抱かれ、その懐の中で空を自由に飛ぶように、ブランコは大きく揺れていく。彼女の視界は上に下にうねり、体の中から突き上げてくるエネルギーを持て余すかのように彼女を夢中にしていく。
アンリエットのおばあちゃんは耳が遠い。父がもうすぐ昼食だと言うのに、もう帰るのかいと残念がる。気持ちの良い風が吹きぬけ、いかめしい顔をして歩く神父の一団の衣の裾を翻していく。神父たちは、若い娘が大胆にブランコの上に立っているのをみとめると、一瞬しかめ面を作って見せる。
アンリエットは帽子が落ちるのにも気づかず、顔をなでていく風に乗ってやって来た草木の匂いを思い切り吸い込んだ。
ロドルフはそんな彼女の姿を、舌なめずりせんばかりの熱心さで見つめている。「素晴らしき哉、ブランコ」
「見えそうで見えないんだろ」
やがてアンリエットはブランコに座り、スカートの下の光景を期待するロドルフを有頂天にした。彼は相棒に、彼女を誘い出そうと持ちかける。しかしアンリはそっけない。
「一度限りの遊びを楽しむお前と違って、俺は父性的なんだよ。娼婦だの世慣れた女はゴメンだ」
「病気が怖いだけだろ」
「“責任感”さ」
「遊ぶたびに子供が出来たら、この世は人口過多になるよ」
「お前の一度きりの快楽のために女の人生が台無しになってもいいのか。あの娘はいい娘じゃないか」
「…ああ、上物だ。磨けば光るぜ」
よもぎのオムレツをもってきたプーラン親父が、彼らの恋愛談義に割り込んできた。彼の好みは豊満な母親の方だ。あれこそ本物の女。手が出せないのが残念だ。娘はやせすぎ、はなしにならん。
ロドルフはアンリに妥協案を申し出た。責任感も私生児の心配もひとまず置いておいて、ロドルフは娘アンリエットをひっかける。アンリは母親ジュリエットのお守り。
「別々に口説くか、それとも一緒にやるか」
「まるでニシンの群れだな。いつも一緒にやってるだろ」交渉成立。
アンリエットの婚約者アナトールは、魚釣りに未練があるようだ。父シプリアンも加わって、川魚釣りのうんちくを傾け始める。ウグイはさくらんぼで釣るんだぞ。これぐらいの川には、恐ろしい川サメもいることだろう。アナトールは呆けたように義父の話に聞き入っている。
「…やっぱり釣り竿が欲しいなあ」
一方アンリエット母子はさくらんぼの木陰に腰を降ろした。金色の毛虫を見つけるアンリエット。
「自然て素敵。どの草にも小さな生き物がたくさんいる。虫にも苦しみや歓びがあるのかしら。この世に生を受け、死んでゆく。毛虫だってきっと美しい蝶になるんだわ」
彼女は母に不安げに訊ねる。
「ママも若い頃田舎に来た?」
「時にはね」
「今日の私みたいに変な気持ちになった?…なんだか優しさがこみあげてきて…草や木や水にも愛を感じるの。快い欲望がこみあげてきて、泣きたい気持ち」
「ええ、今だってそんな気持ちを感じますよ。ただ今は…分別があるだけ」
アナトールとシプリアンが素敵な舟を見つけた。歓声を上げて駆け寄る母子。
ロドルフは、この“釣り遊び”に用いる道具選びをしようじゃないかと、アンリに持ちかける。女に
は作り餌がいいな。岸で釣るより舟で釣ったほうがしゃれてる。母親の方は投網がいい。でもそれにはおびき寄せる餌がいる。ロドルフはアンリエットが忘れていった帽子を手に取る。
「さあ、作戦を考えようぜ」
アンリは大儀そうに葉巻の方が快適だとつぶやく。西風に乗って変な雲が出てきた。嵐が来そうだ。この熱を冷ますにはちょうどいいかもしれないが。
一家は2艘の立派な舟を興味深げに眺めている。持ち主に頼んでぜひ乗ってみたいとアンリエットは主張するが、アナトールは絶対ごめんだと口を尖らせる。シプリアンは舟を停め付けるダムと、婦人(マダム)にひっかけたしゃれを飛ばした。プーラン亭のウェィトレスが、昼食の用意を整えてきた。
天気が崩れそうではあったが、アンリエットは木陰で食べたいと懇願する。せっかく酸素不足のパリを抜け出してきたのだ、一家は予定通り外で昼食をとることにした。
当のさくらんぼの木の下に寝そべっていたアンリとロドルフ。お気に入りの場所をとられてしまったとふてくされるアンリエットは、彼らに帽子を返してくれるように頼みに行った。待ってましたとばかりに、ロドルフは満面の笑みを浮かべて彼女の帽子をうやうやしく差し出した。そして、さくらんぼの木の下で食事なされるならどうぞ、とせいぜい親切ごかして譲ってみせるのだった。彼らの下心を知らないシプリアンは、女性のための親切に素直に感謝する。アンリエットはすれ違ったアンリに一瞬目を留めるが、あわてて家族の元に走っていった。
少し離れた草陰でロドルフは勢いづく。いい感じだ、ひっかかりそうだぞ。
「だがな、アンリ。まだヒキには早い」
「ヒキだと?」
「タイミングだよ!」
「落ち着けよ。確かに商人の娘にしては上出来だな」
おばちゃんは、相変わらずとんちんかんな会話をシプリアンと交わしている。アンリとロドルフを知己のプレヴェール兄弟だと思い込んでいる。一家はワインでいい気分を満喫した。アンリエットは手持ち無沙汰にさくらんぼの実をひとつむしると、愛らしい唇にはさむのだった。
流れ出た雲が太陽を覆い隠し、にわかに空気が曇りを帯びる。食事を終えた一家。シプリアンとアナトールは高いびきだ。解放的な気分にひたるジュリエットは、意識してシナを作りながら夫を散歩に誘う。だが、腹がくちくなって眠いばかりのシプリアンは、ハエでも払うように妻を追い払う。一気に気分を害したジュリエットは、コルセットの中にアリがいると叫び、アナトールのしゃっくりにもいらいらを爆発させる。妻の怒りに気おされ、渋々シプリアンとアナトールは水をもらいにプーラン亭に向かった。こっくりこっくり舟をこいでいたおばあちゃんは、膝の上から愛猫がいなくなったことに気づいて慌てて目を覚ました。そのままおろおろと猫を探しに行く。アンリエットとジュリエットだけになった頃合を見計らって、ロドルフが“ヒキ”だとアンリをせっついた。
ロドルフとアンリはアンリエット母子に近づいた。ロドルフは口の巧さを最大限に活用して、母子にたわいもない世間話をふる。そして歯の浮くようなお世辞を彼女達に並べ立てる。彼のいつものやり方だ。ジュリエットはとたんに曲げていたつむじを直し、コロコロと笑い転げる。それを聞いていたアンリはげんなりだ。
しかしアンリエットが舟に乗せて欲しいと頼むと、うまい具合にさきほどの舟の所有者であった青年達は大喜びした。水門の方は素晴らしい景色だ。期待に胸を弾ませ母親をせっつく娘の傍らで、ジュリエットは駆け引きでも楽しむかのように、夫の名前を引き合いに出した。
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ロドルフは、突然“釣り”に興味を示し始めた相棒アンリをけん制する。シプリアンとアナトールを足止めするため、渋々彼は釣り竿を取りに行き、アンリの方はアンリエットと共にシプリアンに舟遊びの許可をいただきに行く。アンリは彼女にさりげなく誘いをかける。自分は日曜日ごとにここを訪れる。あなたもそうすればいいのに…。アンリエットは残念そうにかぶりを振った。稼業が忙しく、優雅に毎週田舎に来る時間はないのだ。親しげに話をする2人の間に割り込むように、ロドルフが戻ってきた。「おい、責任感への恐怖はどうした」
ロドルフは、アンリと2人で事業をやっているがいつも意見が対立してばかりだと、イヤミたっぷりに言ってのけた。
「共同経営は難しいとパパも言っていましたわ」
ロドルフは釣り竿と餌をシプリアン達に渡した。案の定彼は上機嫌になり、アンリエットとジュリエットが舟に乗ることを快く承諾した。ロドルフがウグイの穴場を教えると、シプリアンとアナトールは早速いそいそと出かけていく。
アンリは当然のようにアンリエットの手をとり、舟付き場に向かおうとしたが、もちろんロドルフは黙っていない。無理やり彼らの手を引き離すと、アンリエットを伴って一目散に駆け出していった。途中、ジュリエットと合流すると、一瞬の隙を突いてアンリがアンリエットをかっさらっていく。結局アンリエットはアンリと舟に乗り、ジュリエットはロドルフと舟に乗ることになった。
組み合わせが違うじゃないかと文句を言いながらも、ロドルフは陽気なジュリエットを相手にまんざらでもなさそうだった。彼女を喜ばせる美辞麗句が、流れるように口をついて出るのはさすがだ。
釣り竿と格闘するシプリアンたちを尻目に、舟は水面をすべるように進んでいく。静かに上流を目指すのだ。川べりの景色がすべらかに流れていく中、アンリエットは感激の気持ちを素直に口にする。なにもかもが静かで、物音ひとつたてるのが申し訳ないほどだ。小鳥のさえずりも静けさの一部。静寂を破ることにはならない。川面に張り出すように大きく枝を伸ばしている大木。葉の一枚一枚が日の光を浴びて金色に輝く。水はあくまで澄み切り、枝や葉の姿を水面に忠実にトレースする。
物思いにふけるアンリエットに、アンリは静かに語りかける。
「森へ行きませんか」
喜ぶかと思いきや、意に反して表情を曇らせた彼女は答える。
「…私、降りない方がいいと思うの」
「なぜ?」
「ママが心配するわ」
「戻りたい?」
「…ええ」
「ではそうしましょう」
気まずい沈黙が2人の間に舞い降りる。そこに当のジュリエットがやってきた。すっかり舞い上がっている彼女は、元気一杯、ロドルフと一緒に行けるところまで行くことにすると叫ぶ。
アンリは舟を川べりの木陰に停めた。ウグイスが卵をかえしている場所まで来たのだ。彼女を誘ってウグイスの巣のある木の根元まで行く。アンリエットは顔に美しい笑顔をよみがえらせながら歩く。
「まるで小さなおうちみたい。素敵な場所だわ」
「僕はよくここに来るんだ。僕の“個室”でね」
そっと腰に手をまわそうとするアンリをさりげなく拒みながら、アンリエットはウグイスの声に耳を傾けた。草むらに座り込んだ2人を、ウグイスは枝の上から不思議そうに眺めている。アンリエットはわざとアンリから視線をそらす。抱き寄せようとするアンリを拒むために。
一方ロドルフとジュリエットは、『ロミオとジュリエット』ごっこをしながら舟を降りる。ジュリエットはこのアバンチュールを心ゆくまで楽しもうという魂胆だ。ロドルフにももちろん異存はない。
アンリエットは愛らしいウグイスの声を聴きながら、目に涙をためている。たまらず、アンリは彼女を抱き寄せ唇を重ねようとした。抵抗するアンリエットだが、その手には力はいくらも入っていない。すぐにアンリに身を任せ、2人は情熱的なキスをかわした。しかし彼女の顔には歓喜の表情はなく、彼に抱かれた手の隙間から涙で濡れた目を見上げるばかりだ。
この瞬間2人は恋に落ちた。だが空は雨雲で覆いつくされ、辺りはあっというまに陰鬱な暗さに落ち込んでいく。この恋に未来はないものとあきらめているアンリエットの絶望を代弁するかのように、重たげな雲から雨粒が落ち始めた。雨はどんどん勢いを増し、あれほど澄み切っていた水面を激しく乱す。水は泥を飲んで濁流と化し、あの静けさはどこにも見当たらなくなってしまった。

月曜日のように悲しい日曜日がめぐり、数年がたった。アンリエットはかねてからの予定通りアナトールと結婚した。そしてある日曜日のこと。

アンリは一人で川に舟を出している。そのまままっすぐ川を遡っていき、あの思い出の木陰に舟を停めた。アンリエットと2人で、ウグイスの声を聴きながら恋を確信した、あの場所に向かう。しかしすでに先客がいたようだ。川べりにはもう一艘の舟が停泊していた。川からの心地よい風に吹かれながら、アンリはあの木の根元に足を運ぶ。彼の視線の先には、既婚者らしく地味なドレスに身を包んだアンリエットが座っていた。アナトールは景色を見もせずに居眠りを決め込んでいる。人の気配に気づいたアンリエットが、そっとアンリに近づいてきた。
「僕はよくここへ来るんだ。思い出の場所だから」
今にもあふれ出さんばかりに目に涙をためた彼女も答える。
「私も、毎晩思い出すわ」
ついに涙が彼女の頬をつたい落ちていく。彼女の面差しからは、あのころの溌剌とした美しさは消え、代わりに悔恨と諦めと絶望が固く覆い尽くすようになった。お互いの胸にあらゆる言葉をしまいこんだまま、ただ黙って見詰め合う2人。アナトールがやかましく彼女の名前を呼びたてる。昼寝から目を覚ましたのだ。もう帰るぞという彼の言葉に、アンリエットはため息混じりに頷く。夢に浸る時間は終わり。“現実”に戻る時間だ。アンリエットとアナトールは舟に戻る。
川べりの木の枝に腰かけ、オールをこぐアンリエットの愛しい姿を見送りながら、アンリは一人寂しくタバコをふかす。彼の足の下には、アンリエットが作りだす波紋が静かに押し寄せ、やがて水面に音もなく消えていった。

ピクニック [DVD]
紀伊國屋書店
2004-06-26

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“この1936年に、私は最も愛着のある映画を製作した。ジャン・ルノワールの『ピクニック』である。この映画こそ、真の愛の映画だった”―ピエール・ブロンベルジェ著「シネマメモワール」より抜粋

“『ピクニック』は短編になることになっていた。だがこれは、長編にしてもおかしくないほど重大なテーマを扱っている。失恋とそれに続く失敗の一生。モーパッサンといえば、ほんの数ページにこの話の要点だけを語っている。この長大な物語の要点だけという奴を、スクリーン上に移してみたいという野心が私を惹き付けた”
―「ジャン・ルノワール自伝」より抜粋

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(『ガブリエルとジャン』ルノワール画)

印象派の大家ピエール=オーギュスト・ルノワールは、フランスを代表する作家モーパッサンと大の親友同士でした。あっけらかんとした陽気なルノワールと、物事の暗い側面しか見えないペシミストのモーパッサン。正反対の彼らは、それゆえ生涯にわたって親交を暖め続けたそうです。
ピエール=オーギュスト・ルノワールの次男坊として生まれたジャン・ルノワール監督は、長じて映画監督を志すようになり、父の作品を売却した金で映画製作を始めます。「水の娘」など、短編を何作か撮ったあと、当時フランスに滞在していた若きルキノ・ビスコンティや、後に「肉体の冠」「モンパルナスの灯」等の名作をものにするジャック・ベッケル、後に「デデという娼婦」「狂熱の孤独」といった作品で知られるようになるイヴ・アレグレ、後年20世紀最大の写真家の一人に数えられることになるアンリ・カルティエ=ブレッソンらを助監督に従え、「素晴らしき放浪者」や「トニ」といった長編も製作するようになりました。こうした作品で、彼は父と同じく自然を礼賛し、人間がやがてはそこに回帰していく姿を描いていったのです。
この「ピクニック」は、父の親友モーパッサンの短編「野あそび」を基に、忠実にその内容を映像化した作品です。実は撮影自体は1936年に行われていました。ところが、終始さんさんと明るい日差しがふりそそぐ田舎が舞台の原作であるにも拘らず、この作品を撮影したロケ地―ルノワール家の別荘があったところに程近いロワン川―が、当時信じられないほどの悪天候続きだったそうです。おまけにルノワール監督には、すぐ次の企画として「どん底」の撮影スケジュールが迫っていました。そのため、天候が変わるのを待っていられない撮影隊は、撮影をあきらめるか、原作を基にした脚本内容を変更するか、選択を迫られたのです。ルノワール監督はやむなく脚本を変更し、原作にはない嵐の到来を物語の中に組み込みました。この予想外のハプニングは、主人公の若い2人の悲恋を強調する絶好の伏線となり、アンリエットの悲しみのみならず、アンリの失恋への激しい苦しみをも表現する好結果を生んだのです。
撮影状況の深刻な問題に関わらず、その現場は、ルノワール・ファミリーが一堂に会した和気藹々としたものだったようです。助監督は上記の面々、撮影は監督の甥クロード、編集は監督の公私に渡るパートナーであったマルグリット、スチール写真の撮影は、ブレッソンが担当しました。撮影隊の規模は、作品に合わせてこじんまりとしたものだったようですが、参加したメンバーはみな一様に、その後の映画界をしょって立ったキラ星的才能ばかり。また、主役のアンリエットを演じたシルヴィア・バタイユの当時の夫、大哲学者ジョルジュ・バタイユや、監督と私生活でも親交のあった大詩人ジャック・プレヴェール(シャンソンの名曲『枯葉』の作詞でも知られる)がひょっこり現場に顔を出しては、エキストラとしてカメラの前で演技したり。監督自身もプーラン亭の親父役であくの強い演技を披露し、息子のアラン・ルノワールも引っ張り出してきて、冒頭の釣りをする少年を演じさせるなど、作品の随所に遊び心をしのばせていますね。
この作品が、第2次世界大戦直前の重苦しい世相の中で作られたとは思えないほど、豊穣で純粋な歓びにあふれているのは、ルノワール自身の才能もさることながら、彼が周囲の人々の才能にも恵まれていたことを示しています。しかし現実には、作品に必要な分だけの好天が得られず、とうとうルノワール監督は「ピクニック」の撮影を半ばにして、次回作「どん底」の撮影に入らねばならなくなりました。ルノワールのスケジュールを変更することは不可能であったため、プロデューサーのブロンベルジェは撮影隊の解散を決定。企画は宙に浮いたまま捨て置かれることになったのです。その後もブロンベルジェは「ピクニック」をあきらめきれず、もともと中篇映画として完成させる予定であったこの作品に追加撮影を施し、長編に仕立て直そうとルノワール監督を説得したとか。でもこのアイデアには、ルノワールは納得できなかったようです。彼は撮影終了分のフィルムで粗編集したものをブロンベルジェに見せ、長編にするには及ばないと主張。傑作の予感を感じたブロンベルジェは譲歩し、すでに撮影済みのもので作品を完成させるようルノワールに再び懇願しました。
しかし、第2次世界大戦の戦禍がヨーロッパを覆いつくした頃、ブロンベルジェによって仮の形で仕上げられていた完成版のプリントは、ナチスドイツによって破壊されてしまいます。また、ユダヤ人であったブロンベルジェ自身も強制収容所に送られ、生死の境を辛くも生き延びるはめに。「ピクニック」という傑作は、ともすれば陽の目を見ないまま闇に葬られる運命にあったのです。ところが幸いにも、ネガ・プリントの方はシネマテーク・フランセーズのアンリ・ラングロワの手によって密かに保存されていました。
1945年、ファシズムの台頭を嫌いアメリカに亡命して、新天地ハリウッドで映画製作を進めていたルノワールに、ブロンベルジェから一報が寄せられます。彼は、未完のフィルムに物語の経過を説明する字幕を2箇所挿入することにより、撮影済みのフィルムのみで作品を完成させることを思いついたのです。ブロンベルジェの「ピクニック」完成への執念に敬意を表したルノワールは、それを承諾しました。ブロンベルジェは早速、当時のルノワール監督の片腕でもあったマルグリット・ルノワール (編集)、プリントを保管してくれていたラングロワ、助監督であったジャック・ベッケル、ピエール・レストランゲスらの協力を得て、編集作業に入りました。音楽をつけたのは、36年当時から作曲を依頼する予定であったジョゼフ・コスマ。こうして10年の長きに渡って続いたブロンベルジェの苦労が報われ、「ピクニック」は現在の形で―皮肉にも撮影当初ルノワール自身が理想としていた通りの中篇で―1946年5月にパリで初公開される事になったのです。
様々な数奇な運命を経て、時に消滅する危険と隣り合わせになりながらも、奇跡的に生きながらえた「ピクニック」。現在はDVDとして、永久に私達の手の中で保存されています。この作品を製作した多くの才能達、戦禍の中オリジナル・ネガを必死で守りぬいた人達、作品の真価を世に問うため尽力した人達。私達は彼らに深く感謝しなければならないでしょう。
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さて、この作品は上映時間わずか39分、映像はモノクロ。しかし画面からは、自然を畏怖し礼賛するルノワールの精神そのままに、むせかえるほどの光と色彩があふれ、アンリエットが空を舞うようにこぐブランコの躍動感に象徴される、若々しい生命力に満ちた多幸感が現出します。
その一方で、短いストーリーの中に、一人の女性と男性の人生の明暗が実に雄弁に語られています。
それは、実際に映像で表現されている事柄以上に、観客の想像にゆだねられている部分にこそ、この物語の重要な点が存在するからでしょう。
アンリエットは、人は良いが滑稽なほど俗っぽい両親に、大事に大事に育てられてきた娘です。察するに、都会で生まれ育ち、両親の営む商売の世界以外のことを知らずに生きてきたのでしょうね。都会の虚飾や人間関係の複雑なしがらみにどっぷりつかっていた彼女にとって、“自然”は全く未知の世界です。美しいドレスや小粋な化粧で装った彼女は、今までの人生や自らの属する世界になんら疑問も不満も持ってはいなかったはず。
しかし“自然”は、表面上の虚飾を剥ぎ取り、ありのままの自分をさらけ出すことを要求します。従って、彼女は自分でも意識しないうちに、未知の激しい感情に突き動かされるようになりました。身も心も裸になり、心の命ずるままに愛しいものを愛せよ。それはいってみれば人間の本来あるべき姿です。彼女は自然と一体化するうちに、今まで心の中に溜め込んできた雑念を捨て去り、生来の自我を取り戻していたのですね。
ところが、これは彼女のこれまでの人生とこれから先の人生の価値観を、根底から揺るがす出来事でもありました。自然によってもたらされたアンリへの愛情は、同時に、彼女の人生を180度変えてしまうほど重要な意味を持つことだったのです。人は、人生のうちで何度か岐路に立たされます。アンリエットにとっては、このピクニックの一日が、紛れもなく人生を変える重大な選択を迫られた瞬間でした。両親の定めた許婚を選び、両親の敷いた人生のレールの上を歩いていくか、あるいは、本能に従って真の愛情を追いかけるべきなのか。
結局多くの人間がそうであるように、彼女もまた慣れ親しんだ世界を捨てる勇気を持てませんでした。アンリを選ぶことは、まだ見ぬ未来の可能性に賭ける希望である以上に、両親の後ろ盾を失う恐怖を意味することだったのですね。そして、彼女は打算に負けてしまった。新しい世界と自我に目覚めてしまった人間が、今更予定調和の人生に戻ったところで、幸福を感じることは出来ません。アンリエットは、違う人生を選ぶ勇気を持てなかった後悔をおそらく死ぬまで続けることでしょう。
彼女の目覚めを祝福するように輝いていた太陽はぶ厚い雲に覆われ、やがて灰色の雨と泥濘の濁流の中に沈んでいきました。彼女が、その陰鬱な心象風景から脱する時はやってくるのでしょうか。いずれは、母親ジュリエットと同じように、“分別”を言い訳にして、悔恨に苦しむ自我をわずかになぐさめるようになるのでしょうか。その頃の彼女はきっと、体中にたっぷりと脂肪をまといつかせ、拭いきれないほどの世俗の垢の中に心を失った姿になっていることでしょうね。
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アンリエットの運命を変えるはずだったアンリ。彼の背景は劇中ではほとんど説明されません。しかしそれ故観客には、その人生の在り様を想像する特権が与えられます。どこか世慣れた雰囲気の彼は、アンリエットに出会うまでに、世俗の遊びをやりつくし、酸いも甘いも知り尽くしていたのでしょう。結果、最終的にたどりついた結論が、世俗を離れ自然に回帰すること。「都会人は細菌と同じ」という台詞に、彼の半生がたどった辛苦が察せられます。
偶然出会ったアンリエットこそ、自ら生涯かけて愛すべき伴侶だと知るまでの、彼の心の移ろいも大変興味深いです。単につまみ食いするだけのつもりであった相手が、川の上をすべらかに進むうち、真の愛情の対象と変化していく。水には、汚れを洗い清める力がありますが、アンリの心にも同じ作用が及んだのでしょう。
オールの先が描く水面のわずかな乱れは、まるで愛撫を受けた女性の柔肌のようになまめかしく輝き、しぶく音は周囲の静寂に飲み込まれていく。2人の頬をなでる風は、なめらかに草木の匂いを運ぶ。それらの醸し出す甘美なる緊張感は、2人の間で徐々に高まる想いを、実に官能的に伝えています。ルノワール監督は、直接的な描写ではなく、周囲の光景に恋人達の歓喜を語らせたのですね。
そして暗転。突然2人を襲った嵐は、彼らの激しい慟哭を暗示します。アンリエットにとってもアンリにとっても、人生で唯一の愛情が、これで永遠に失われてしまったのですね。2人の再会シーンはごくわずかですが、お互いの肉体はすぐ近くにありながら、言い尽くせないほどの言葉がその距離を万里にまで隔ててしまっていることが伺えます。
映像に現れる光景が希望と生命力に満ちているほど、描かれなかった物語の悲しみの深さがいや増します。この点にこそ、「ピクニック」の真の価値があるのでしょう。映像の裏で繰り広げられたであろう語られざる物語は、観客の想像の力を得て、永遠に深い余韻を作品に添えることになったのです。


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