House of M

アクセスカウンタ

zoom RSS 更年期障害と「ブロークン・フラワーズ Broken Flowers」

<<   作成日時 : 2017/06/25 22:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

ここのところ、蒸し暑かったり急に肌寒くなったり、晴れていたかと思えば突然雨が降ってきたり…と、不可思議な天候が続いています。そういえばパリに住んでいた頃も、朝のうち雨が降ったかと思うと、午後から嘘のように晴れ間が広がったり、一日の中で天気が気まぐれに変化しておりました。“女心とパリの空”てなもんですね。

そして、そのような不安定極まりない気候に如実に影響される人間もおります。

何を隠そう、更年期障害の館長ですね。とほほ。

天候が崩れると、気圧の変化の影響か、体調も思わしくなくなります。健康な身体でも季節の変わり目は風邪を引きやすかったりするわけですから、それも仕方がないことですね。おまけに、溜まった疲労はなかなか解消されないわ、鬱々とした気分に比例するように、体力も低下していくような気すらします。


画像

“枯れた花”とは、他ならぬ自分のことだった。

「ブロークン・フラワーズ Broken Flowers」(2005年製作)
監督:ジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch
製作:ジョン・キリク&ステイシー・スミス
脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:フレデリック・エルムズ
プロダクションデザイン:マーク・フリードバーグ
衣装デザイン:ジョン・A・ダン
編集:ジェイ・ラビノウィッツ
出演:ビル・マーレイ Bill Murray (ドン・ジョンストン)
ジェフリー・ライト(ウィンストン)
ジュリー・デルピー(シェリー)
シャロン・ストーン(ローラ)
アレクシス・ジーナ(ロリータ、ローラの娘)
フランセス・コンロイ(ドーラ)
クリストファー・マクドナルド(ロン、ドーラの夫)
ジェシカ・ラング(カルメン)
クロエ・セヴィニー(カルメンのアシスタント)
ティルダ・スウィントン(ペニー)
マーク・ウェバー他。

最初にお断りしておきますが、私はジャームッシュ監督に関してはほとんど白紙の状態です。彼の作品で観たのは…「ストレンジャー・ザン・パラダイス」ぐらいでしょうかねえ。それも内容をほとんど忘れてしまってますし。特に熱烈なファンというわけでもなく、素通りしてきた監督さんです。おまけに今回の主役のマーレイにいたっては、「ゴースト・バスターズ」シリーズしかまともに覚えてない状態(苦笑)。この役者さんの魅力についても、なんら語る言葉を持ち合わせておりません。なので、今作に関してはごく気楽に…それこそ環境ビデオでも観るような気分でのんびり鑑賞ということに相成りました。

この作品、カンヌではパルム・ドール候補となり、審査員特別グランプリという微妙な位置づけの賞を授与されています。しかしここ日本では、ジャームッシュ信者が多いのでしょうか、公開時にはずいぶん盛り上がったみたいですね。監督が久しぶりにメガホンをとった作品だということで、ファンのみなさんが狂喜していたようです。品川庄司(誰これ?)、インリン・オブ・ジョイトイ(ポルノの人?)、石川亜沙美(誰?)、石田純一(まだいたのかよ)、バブル青田(???)…各種有名人(爆)がこぞって絶賛し、特番を組んだりトークショーやイベントをやったそうですよ。興ざめですね(←天邪鬼)。

ストーリーはいたってシンプル。
かつては超プレイボーイで、コンピューター業界で一山当てて荒稼ぎした男ドン・ジョンストン(ジョンソンではない)。初老と呼べる年齢に達した今、有り余る金で悠々自適の生活かと思いきや、さにあらず。年中同じ柄のジャージを着て、ぼんやりテレビを観て暮らすという、無気力の権化のような存在に成り果てているのだ。おかげで現恋人のシェリーは愛想をつかして家を出て行った。しかしドンはそれを悲しんでいる風でもない。要はなにが起こってもめんどくさいだけなのだ。
ある日彼の元に一通の手紙が届く。女子高生が使うようなピンク色の便箋に、古いタイプライターで打ったとおぼしき文字。そこには、驚愕の事実が記されていた。なんと、ドンに今年19歳になる息子がいて、その瞼の息子が未だ見ぬ父親に会いに旅に出たというのだ。お隣に住む子沢山で気のいい親友ウィンストンは狂喜する。彼は推理小説マニアだ。差出人の名前も住所もなにも書かれていない手紙を読解し、手紙の主は昔ドンが酷い目にあわせたガールフレンドのうちの誰かだと断定。しかもピンク色が好きで、きっとピンクのタイプライターも持っているに違いないと。
そこでドンが19年前に付き合っていた女たちのリストを作らせ、彼女たちの現在の住所を調べ上げる。該当するであろう5 人の女性のうち、1人は数年前事故で亡くなっていた。しかし残る4人は健在だ。ドンの使命は、この4人の女性の家を訪ね、息子がいるかどうか確かめることだ。ウィンストンは、この際人生を見直すいいチャンスだからと、ごねまくるドンを説き伏せる。こうして、ドンの元彼女の足跡たどりという、恥さらしこの上ない旅が始まったのである。

画像

ドンは気乗りしないながらも、どこかに血を分けた人間がいるかもしれないという可能性に心を騒がせる。もとより、家族なんぞというめんどくさいものを作りたいとすら思わないドンだが、やはり仕事を離れてからの孤独にだいぶ神経を侵食されていたのだろう。息子を産んだのは誰かを突き止めるのが旅の目的ではあったが、次第にドンの心境に変化が生じてくる。大昔に愛した女たちを訪ね、彼女たちの人生の変遷を目の当たりにするにつれ、それらを通じて己自身の生き様を振り返らずにはいられなくなったのだ。
ローラ…ドーラ…カルメン…ペニー。自分が知っていた彼女たちはもうどこにもいなかった。単に外見が変わったというだけではない。彼女たちは、あれから幾多の苦労と喜びを経て、今現在の人生を勝ち取っていたのだ。それが客観的にどう見えたとしても、少なくとも彼女たちは“今現在”をしっかりと自分のものにしていた。己の足で大地を踏みしめて生きていた。それにひきかえ、自分はどうだ。ただカウチに座って時間をやり過ごすしか能のないでくの坊だ。
結局、ピンク色のタイプライターを持っていた者はいなかったし、また彼女たちが密かに息子を産んでいたようにも見えなかった。息子の謎は、謎のままおかれることになった。旅の終り、ドンは亡くなったミシェル・ぺぺの墓参りをする。美しくデコレートされたピンク色の花束と共に。旅の間中持参し続けたものの、贈った相手から突き返されるばかりであった花束は、ついに本来の目的を果たしたのだ。もっともこのときの相手はすでにこの世にはいなかったのであるが。
後ろ髪を引かれる思いで寒々しい自宅に戻ったドン。収穫は得られなかったが、ふと見かけた旅の青年になにやら特別な感慨を抱いてしまう。彼が旅行カバンにピンク色のお守りをつけていたのも、なにかの啓示か。しかし青年はドンを気味悪がり、あっというまに遠くまで逃げていってしまう。
一瞬でも息子かもしれないと感じた青年にも去られ、ドンはうら寂しい道路に立ち尽くす。その前を珍しい生き物でも見るような表情で、若い男が通り過ぎていった。

ブロークンフラワーズ [DVD]
レントラックジャパン
2006-11-24

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ブロークンフラワーズ [DVD] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


何しろ他のジャームッシュ作品を知りませんので、比べようもありません。もし間違っていたら申し訳ありませんが、この映画に流れる独特のリズム…ゆるやかなテンポ、微妙に居心地の悪い間の取り方、引いたカメラを多用し、主人公と対峙するものをまとめて同じ絵の中に入れてしまう独特の映像…、これらはジャームッシュ監督本来の特徴ではありますまいか。この作品でいきなり出現してきたようには見えない、年季の入った“ゆるゆる感”を演出してくれています。それから、一小節ごとにいちいち画面がフェードアウトしていくのも、なんだか昔の映画を観ているようで面白い趣向ですね。

劇中には個性的な面々が登場しますが、短い登場時間であっても、どれもよく描きこまれたキャラクターでしたよ。本編には関係ないシーンであっても、いわくありげに顔を出す人間たちの、なんと輝いていること!これは特筆すべきですね。主人公のドンには色らしい色がついておらず、無味無臭無色の男として描かれているだけに、対比される脇のキャラクターが実に生き生きとしています。ほんの数シーンしか出てこないジュリー・デルピーやら、クロエ・セヴィニーやらまでが目立ってますよ。監督の狙い通りなんでしょうね(多分…笑)。この作品のセールスポイントである、豪華女優陣も然り。4人の女性のうち、個人的に特に印象的だったのは、収納アドバイザーなる仕事をしているローラでしょうかね。結婚したカーレーサーの事故死という悲劇にもめげず、柳が風に流れるようにしなやかに、無理せず人生を謳歌している感じを受けます。酷い別れ方をしたであろう元恋人にも屈託なく接してしまう女だなんて、シャロン・ストーン姐さん、今回は随分儲け役だったんではないでしょうか。逆に残念だったのはペニー役のティルダ・スウィントン。あれじゃあ誰だかわかりませんし(苦笑)、ペニーは今も生活に苦労していることが伺える様子であったので、もう少し彼女の身辺を詳しく描いて欲しかったですね。

画像

結局ドンは、4人の人生の片鱗にちょこっとだけ触れただけのように見えるんですよ。こわごわ触れるだけで深くは関係しない。人生の表層をなぞっただけでは、彼女たちの心の奥底までは理解できませんよね。しかしながら、彼はもうそれだけで充分圧倒されてしまうのです。つまり、彼女たちの“今”を目の当たりにすることで、自分が19年前から一歩たりとも前進していないということに、否応なく気づかされたわけです。これはいかなる人間にとっても恐ろしいことですよ。ドンとてその事実に直面したくないばかりに、今の今まで己の人生に目をつぶってきたのですからね。女たちは痛手を乗り越えて、それぞれの道を進んでいる。時間が止まってしまい、過去に取り残されていたのは自分だけ。
この作品を観ていてリアルだなと感じたのは、実はドンのこうした精神状態なんです。これは、今まさに私が体験しているそのものの心境でして(苦笑)。ちょうど、真っ暗闇の中で行き先の分からぬマラソンに参加させられているような感じですね。そんな状況では、自分が今一体どこを走っているのか、また、今までどれだけの距離を走破してきたのか、全くわからなくなってくるのですよ。方向感覚も時間の感覚も麻痺してくるという。旅に出る前のドンの心境は、こんな風ではなかったのかなと想像するのです。そして、いきなり覚醒したと思ったら、自分が立っている場所が昔苦労して歩いていた場所と同じであったとわかったら?そりゃ泣きたくもなるでしょうよ。

画像

どんなに辛いことがあっても、ひとしきり泣いたらとりあえず前へ進んでみるのが女のサガだとしたら、そのショックをいつまでも引きずってしまうのが男のサガかもしれません。ドンの旅の終着点はミシェルのお墓の前でした。彼はそこで初めて、19年前にやっておくべきだった“涙を流して過去の痛みを払拭する”儀式を行ったのです。自宅へ戻ってから出会った見知らぬ青年を、“もしや息子では”と思い込む姿を滑稽だと笑ってはいけません。あれはドンなりの、過去からの第一歩だと思うからです。どんな形でもよいから、既に終わってしまった過去から前へ踏み出すことが肝要。残念ながら、息子という形の “現在”は見つかりませんでしたが、ドンにとっての現在はもう動き始めているのです。

さて、劇中頻繁に引用されているエチオピア音楽や、気だるい感じの主題歌の雰囲気もよろしく、個人的にはなかなか心地よく鑑賞できました。映画の持つ“ゆうらゆうら”といったゆるやかなリズムに身をゆだねると、まるでドンと一緒に、気まずい思いをしながら旅している感覚に陥ります(笑)。
人生の中で立ち往生しているドンの姿は、決して褒められたものではありません。彼は今まで責任逃れをし続けてきたのです。そのツケで、結局家族も得られなかったし、今現在身を切るような孤独を囲っているわけですから。そりゃ当然の報いってものです。苦労をものともせず、闊達と人生を謳歌していらっしゃる方々がこの映画をご覧になれば、ドンに共感することなどできない相談だと仰るに違いありませんでしょう。
しかし、今現在人生足踏み状態で悩んでいる人たちにとって(私もそうですが)は、ドンは一種のセラピーであるかもしれないのです。彼が右往左往する様を見て、自分自身の状態を客観的に判断できるといいましょうか。間違っても彼をお手本にするわけではありませんが(笑)、いまひとつのきっかけで、人生を覆っている霧は取り払うことができるのだと認識できるだけも、それはひとつの救いであるのですね。


にほんブログ村 映画ブログ 映画備忘録へ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
更年期障害と「ブロークン・フラワーズ Broken Flowers」 House of M/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる