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zoom RSS 「望郷 Pepe le Moko」の思い出 Part 2(解説)

<<   作成日時 : 2014/03/23 00:25   >>

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映画は、主人公ぺぺの物語を主軸に進んでいきます。ですから、彼の心情の変化を追っていくのは、さほど難しいことではありません。

フランスで何十件もの強盗罪窃盗罪に問われ、アルジェリアの首都アルジェにある巣窟カスバに逃れた悪党ぺぺ。その華やかな罪歴が物語るように、こと犯罪という分野において、彼の判断力は常に冷静で時に冷酷ですらあります。利益に繋がらぬ者や敵対する者に対しては無慈悲を、仲間に対しては親兄弟にも勝る愛情と信頼を。ぺぺが己の周囲に築く人間関係は明快ですし、その1人1人への態度も割り切ったものです。しかしながら、一方で彼は、一度得た恩に対しては必ず報いるという律儀な側面も持っていますね。弱い立場の者には庇護を与えますし、自身が認めた相手に対しても一定の敬意をもって接します。やっている仕事の内容はどうあれ、ぺぺは集団のリーダーになる才覚を充分に備えた人物であるわけです。また、パリではハンサムな伊達者で鳴らし、逃亡先のカスバでも、そのチャーミングな魅力でたちまちカスバ中の女達を虜にします。まあ、典型的なアンチ・ヒーローですね。これを、当時30代前半であった男盛りのジャン・ギャバンが、脂の乗った色気で好演しています。まさに彼のイメージにぴったりあった役柄でしょうね。

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ぺぺはしかし、カスバを一歩出ればたちまち逮捕されるという状況で、刑務所にこそいないものの、結局はカスバの中に幽閉されているも同然の立場です。だからこそ、離れて2年になる故郷パリへの郷愁の想いを募らせるわけです。異郷の地カスバでも我が物顔で振舞う彼の中には、いつも望郷の念がくずぶっていたということを理解しておかないと、この後彼がパリから来た美女ギャビーに執着する理由がわからなくなります。一見、面白おかしく生きているようでも、彼の心の中にはふるさとへの満たされぬ思いで空っ風が吹いているようなものなのだったのですね。彼にとってギャビーとは、魅惑的な異性である以上に、同じ故郷の思い出を共有する同志的な存在であったわけです。

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そのギャビーですが、若く美しい高嶺の花であるにもかかわらず、その瞳は常に空ろで、一体何を考えているのかわからない謎めいた雰囲気があります。演じるミレーユ・バランの容姿と、1930年代当時の女性特有の化粧のせいもあるでしょうが、どこか腺病質的な暗い雰囲気のある女性ですね。顔にも仮面のように化粧が施され、表情がほとんど変わりません。まるで、他人に素顔を悟られるのを恐れてでもいるようです。バランは、実は個人的には苦手な女優さんなのですが、この線の細いファム・ファタール役にはぴったりの人選だったと思います。

ギャビーのバックグラウンドや人となりは、劇中では一切明かされません。ただわかるのは、金持ちであることだけがとりえのような、醜く太った傲慢な老人を夫にせざるを得ないことだけ。彼女は内心そんな夫を唾棄しながらも、明らかに彼の金目当てで従っています。妻をまるでペットかアクセサリーのように扱う男に屈服しているのは、パリで豪奢な生活を甘受するための妥協なのでしょうかね。ギャビーが、愛情の冷め切った夫と共にアルジェリアにやってくるまでに、一体幾つの喜びや希望を犠牲にしてきたかは、宝石に飾り立てられた彼女の寂しげなまなざしを見ていればわかります。つまり、ギャビーとぺぺは、共に空虚な人生を送っているという点でもお互いに似た者同士であるのです。
この2人が、洞窟のようなカスバの一隅で出会うシーンは印象的ですね。ぺぺはまずギャビーが身につける宝石に目を留め、次いで彼女の美しい顔立ちに目を奪われます。ギャビーは、この雄のフェロモンを漂わせた危険な男に、自分の魅力が正しく作用したことを瞬時に察し、満足げな笑みを浮かべます。己の性的アピールを熟知する大人同士が、ここで互いに相手の虜になったわけですが、惚れた腫れたには百戦錬磨の男女は、一目ぼれの瞬間でも一筋縄ではいかないものなんですね(笑)。この2人が惹かれあったのは、パリの記憶を共有していること、お互いにお互いの空虚を埋めあう存在であるからに他なりません。

ぺぺの中で、ギャビーへの愛情は故郷パリへの思慕に変わります。弟のように愛していた青年ピエロや、気の置けない喧嘩仲間であったカルロスを失い、周囲に目に見えぬ捜査網が迫ってくると、彼の孤立感はさらに深まります。逮捕が現実になるかもしれないという予感は、彼をして、叶うはずもないギャビーとの恋の成就を夢見させるようになります。ぺぺとて、本気でギャビーと添い遂げられるとは思っていなかったでしょうが、パリに帰るギャビーを追ってカスバを出る自滅的な行動に出ます。警察に逮捕される前に、ほんのいっときだけでも外の空気を吸い、パリを夢みたかったからでしょうか。

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後半、追い詰められていくぺぺを演じるギャバンの演技は鬼気に迫っています。ピエロの葬儀にも出られない悲しみを酒で紛らわせ、酔った勢いでカスバに八つ当たりし、あまつさえそこから脱走しようと走る一連のシークェンス、カルロスを失った代償に、裏切り者アルビがとうとうと述べ立てる嘘の情報を聞かされて、我を忘れて怒り狂う様。自分に忠誠を誓っていた女イネスを足蹴にしてしまでもパリに帰ろうとする身勝手さ。ギャバンは、それらぺぺの持つ弱みをこそ渾身の演技で表現しました。ラスト、船上の人となったギャビーを呼ばう絶叫さえも彼女には届かず、いよいよ故郷パリが幻になったことを知ったときの、捨てられた小犬のようなまなざしは忘れられません。

対するギャビーはといえば、ぺぺは死んだと聞かされ、いっとき華やいだそのまなざしが、またもや空ろな穴のように暗く閉じていきます。そして、船の上に出た彼女が眦を結して見つめる視線の先には、ぺぺと出会ったカスバが。このときの彼女に物憂い様子は見られません。むしろ、なにかを睨み据えるような厳しい表情ですよね。彼女は自分の人生の中の希望にまたひとつ封印をし、それでもめげずにしたたかに生き抜いていこうと決意したかのようです。彼女は彼女なりに、己の人生を踏み出そうとしていたのでしょう。最後のシーンにそれがよく伺えました。結ばれる運命だった2人の男女は、しかし最後まで視線すら結ばれることもなく道をたがえました。“運命の恋”なんて大概そんなもので、ハッピーエンドにはならないですよね。このシーンは、悲劇的な幕切れとしてもはや伝説となっている感がありますが、2人の顔を映すカメラの鋭い切り返しが、彼らの成就しない悲恋を冷酷なまでに明示しておりました。

さて、この作品は群像劇でもあると書きましたが、確かにぺぺの周囲を取り巻く人々の描写も大変丁寧で生き生きとしていました。

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ぺぺの好敵手であるゆえに、誰よりもぺぺのことを理解するスリマン刑事。スリマンとぺぺの間に流れる奇妙な信頼関係は、お互いに相手へ一目置いている証であります。時と場合さえ違えば、この2人は無二の親友になれたかもしれませんね。しかしスリマンは、フランスに統治される立場であったアルジェリアの人間です。口には出しませんが、彼がアルジェ警察を統括するフランス人刑事や、カスバに潜伏するフランス人ぺぺに寄せる複雑な感情は相当のものだったと想像できます。フランス人たちに対し一見下手に出ているようで、その実彼らを腹の中であざ笑っているのかもしれません。いずれにせよぺぺは、スリマンが自分に寄せる愛憎半ばする感情を結して理解することはないでしょう。ぺぺにとってカスバは単なる身を守る盾にすぎませんが、スリマンにとって母なる故郷であるのですから。

今回再見して感じたのですが、この作品が製作された当時、アルジェリアの人たちはこの映画をどんな風に見ていたのでしょうかね。自分たちの国を占領し、あまつさえ己のルールを現地の人間に押し付けようとするフランス人が、我が物顔で彼らのテリトリーを荒らした上に、“フランスこそ最高、パリこそ全て” と謳うような内容の映画を作るなんて。まあたかが映画ですし、そこまで意地悪な見方をしなくてもいいでしょうけどね。でも、今ならこんな映画は作れないと思いますよ。この作品は、1937年に製作されたからこそ、名作たり得たかもしれないのです。

そうしてみると、劇中スリマンが自分のやり方でぺぺを逮捕することに執念を燃やし、そのためならばギャビーやイネス、ピエロ、カルロスといった者達を犠牲にすることも厭わないのは、刑事の誇り以上にアルジェリア人としての誇りの現れであるような気がしますね。カスバに生まれ育った人たちが、ぺぺのようなよそ者たちに抱く感慨を彼の行動が代弁しているわけです。ぺぺとスリマンは、“カスバ”という迷宮なしでは生きていけないという点において共に同類ではありますが、決して相容れない面も持ち合わせていました。それが、最後の彼らの闘いの明暗を分けたのでしょう。それから余談ですが、今回スリマンを見ていて思いだしたのが刑事コロンボです(笑)。いやあ、スリマンこそアルジェのコロンボでしょう。

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カスバなしでは生きられない人間は他にもいます。ぺぺを骨まで愛しぬいたゆえに、彼を独占したいがために、彼を裏切り、破滅に追い込んでしまう哀れな女イネスです。イネスはジプシーの女であり、カスバに根を張って生きていました。しかしぺぺはパリの亡霊に捕われ、突如彼の前に出現したギャビーは“輝けるパリ”の象徴でした。片や洗練の極みに達した女であり、もう片方は素朴な土の匂いこそ似合う母性の女。ギャビーとイネスは、共にぺぺを愛してしまった悲劇を除けば、根本的に対照的な存在です。この2人を並べれば、申し訳ありませんがハナから勝負はついているようなもの。イネスが報われない純愛に苦悩し、嫉妬の末にぺぺを裏切ってしまうのも充分に理解できます。まあ、女である私としては、やはりイネスに肩入れしたくなるのが本音ですねえ。ところが、大昔にテレビで放映されたこの映画を一緒に見ていた我が母は、「なんねえ、あの女!自分で裏切っといて許してくれもなかろうが!(注:岡山弁)」と怒ってました…(ため息)。ま、感じ方は人それぞれですからね(苦笑)。

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ある意味ぺぺ以上にパリを恋焦がれていながら、おそらく帰郷することは絶望的であろうと思われるのが、カルロスの内縁の妻タニアです。カルロスの帰りを待つ間、タニアは昔録音した自分のシャンソンのレコードをかけ、それにあわせて歌いながらパリを想い涙ぐみます。今やすっかり落ちぶれた彼女は、若かりし頃スター歌手だった写真を手にとっては、自分の歌声で懐かしいパリと若き日の思い出に浸るのです。演じるフレールという女性はプロのシャンソン歌手だそうで、このシーンをとても印象的なものにしていました。

ぺぺにしろタニアにしろ、パリは確かにふるさとではあるでしょうが、そのふるさとの暗く醜い部分を知らぬわけはありません。共に裏街道を歩いた人間なのですから、彼らが日常的に目にしていたパリは、むしろ表には出てこない暗部ばかりではなかったでしょうか。それは決して美しいものではないはずです。にもかかわらず、彼らはなによりもパリを懐かしみ呻吟するのです。望郷の念というのは、かくも人の記憶を美化し、また人を狂わせてしまうものなのでしょう。

この作品は、よく“男の”メロドラマであると形容されます。確かにそうですが、私自身はどうもその表現に違和感を覚えます。メロドラマに男も女も関係ないと考えるからですが、あえて“男の”と強調する裏には、映画における男女の恋愛の描かれ方の違い、もっといえば、恋愛に対する男女の意識の違いがあるのではないでしょうかね。おそらく映画の世界において、恋愛に関する叙情的なストーリーは、女性の視点から描かれた作品の方が圧倒的に多いはずです。したがって、“メロドラマ”といえば、女子供がめそめそと涙する女々しい物語であるという認識が広まってしまった。“男の”メロドラマという言い回しには、無意識のうちにそんな差別的な意識が潜んではいないでしょうか。

ですがまあ、そんな文句も吹っ飛ぶほど、この映画の中には印象的なシーンが散りばめられています。レジスに騙され、瀕死の重症を負ってカスバに戻ったピエロが、憎い敵に銃口を向けるシークエンスの凄さ。常にぺぺに付き従っている2人の男マックスとジミーが、セリフは一言もないものの、異様なほど緊迫したイメージをこのシーンに付加しています。1人は、こんな修羅場でも子供のようにけん玉やハーモニカに興じ、もう1人は頭のねじが緩んででもいるのか、場にそぐわぬにこにこ笑顔のまま。ご丁寧にも、レジスが絶叫する様を微笑みながら見つめている彼の頭の向こうに、天使の舞う壁画が見えるよう演出されています。ここでもカメラの切り返しは早く、レジスの断末魔の表情を映していたかと思うと、次の瞬間には崩れ落ちるピエロとカルロスの発砲を違う角度から捕えます。劇中最も緊張感が溢れ、恐怖を呼ぶシーンとなりました。この映画が後年、一群のフィルム・ノワールに与えた影響は大きかったと思いますね。

あるいは、ぺぺがカスバを出て港へ向かうシーン。初見の時には不思議に感じたものですが、焦りを隠して歩くぺぺの背後に、スクリーンに映し出されたカスバの喧騒が、まるで劇中劇のように挿入されているのです。実際にカスバにロケしたおかげで、作品全体に、当地のエキゾチックなムードを取り込むことに成功しているのに、その部分だけがまるで非現実的なのですね。野外のワイルドさが消えて、そこだけスタジオの匂いを感じるというか(笑)。ぺぺの脳裏に、カスバでの2年間が走馬灯のように駆け抜けている様を感じさせて、面白い趣向でした。

メトロ、パリ祭…。劇中ギャビーとぺぺが、パリ名物を交互に言い合うシーンがあります。それらの言葉を口にするだけで、映画を見ている観客にまで郷愁の念を呼び覚まさせるとは、まっこと“パリ”という街のもつパワーは計り知れませんね。世界規模で“望郷”の対象となりえる街は、そうそうないでしょう。この作品の本当の主役とは、ぺぺでもギャビーでもなく、実は“パリ” そのものだったかもしれません。

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