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zoom RSS 「狂へる悪魔 Dr.Jekyll and Mr.Hyde」 と善悪の彼岸

<<   作成日時 : 2014/06/29 00:21   >>

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ジキルがハイドを殺したのか?…いや、ハイドがジキルを殺したのだ。

「狂へる悪魔 Dr.Jekyll and Mr.Hyde」(1920年製作)
監督:ジョン・S・ロバートソン
製作:アドルフ・ズーカー
原作:ロバート・ルイス・スティーブンソン「ジキル博士とハイド氏」
脚本:クララ・ベレンジャー
撮影:ロイ・F・オーバーボウ
美術:ロバート・M・ハース
装飾:チャールズ・O・シーセル
出演:ジョン・バリモア(ヘンリー・ジキル博士/エドワード・ハイド氏)
マーサ・マンスフィールド(ミリセント・カリュー)
ブランドン・ハースト(ジョージ・カリュー卿)
チャールズ・レイン(リチャード・ラニオン博士)
ジョージ・スティーヴンス(プール/ジキル博士の執事)
リタ・ナルディ(ミス・ジーナ/イタリア人歌手)
ルイス・ウォルハイム(ミュージック・ホールのオーナー)
セシル・クロヴェリー(エドワード・エンフィールド)他。

若きヘンリー・ジキル博士は進歩的な医学博士であった。自邸に立派な研究室を持ち、そこで先鋭的な研究に没頭している。彼の長年の友人リチャード・ラニオン博士は、時に彼の行き過ぎた思考についていけないものを感じるが、それでも、医学の進歩のために邁進する彼の純粋な魂を敬愛していた。ジキルはまた尊い博愛精神の持ち主でもあり、貧民層の者のために、無料で診療所を開設していた。彼は眠る間も惜しみ、また恋仲であるミリセント・カリュー嬢との逢引の約束を先延ばしにしてまでも、医学の発展と医療の普及に粉骨砕身していたのだった。
ミリセントは富豪の貴族ジョージ・カリュー卿の一人娘だ。カリュー卿は豊富な知識と真の愛情をもって娘を慈しみ、彼女を明るく素直で心優しい女性に育て上げた。彼はまた、娘が惹かれているジキルのことも大いに気に入っており、未来の娘婿の善良さを高く買ってもいたのだ。屋敷ではジキルを家族同然に歓待し、度々食事にも招いていた。だが診療所での仕事は長引くことがしょっちゅうで、ジキルが約束の時間通りにカリュー邸を訪れたためしはない。今晩も、彼はカリュー邸での夕食会に大幅に遅れてしまった。卿が招いた客人たち―ラニオンをはじめ、ジキルの友人たち―と卿は、肝心のジキルが不在の間、彼のあまりに純真に過ぎる心根に感心しながらも当惑の色を隠せない。なにが彼の研究心を駆り立てるのか。卿自身は、ジキルの世間ずれしていない人間性に密かに危惧の念を抱いていた。男たるもの、世間知らずではいささか困る面もあるのだ。大事な娘を守る男は、世の酸いも甘いもかみ分けた強い男でなければ。果たしてそのジキル本人が卿の屋敷に到着した。ミリセントは顔を輝かせて恋しい人を出迎える。食後の酒も終り、卿はジキルにある提案をした。
ロンドンの裏通りにある薄汚れたドヤ街。卿と客人たちは、困惑するジキルを鄙びたミュージック・ホールに引っ張ってきた。そこでは、イタリアからやってきたという触れ込みの色っぽい歌手ミス・ジーナが、身体を妖しくくねらせて踊っていた。安酒のすえた匂いとタバコの煙の充満するホールでは、酔客たちがミス・ジーナに卑猥な言葉を投げつけている。卿はジキルがオロオロする様を苦笑しつつ見守っていた。そしてミュージック・ホールのオーナーに命じて、出番の終わったミス・ジーナをジキルのテーブルに呼び寄せた。ミス・ジーナは、青白い顔の美青年ジキルを見るととたんに目の色を変え、大胆にも彼にキスを迫る。ヘビに睨まれたカエルのごとく、ジキルは瞬く間にパニックになり、店の外へ逃げ出す。卿と客人たちは、安酒場の女1人いなせぬジキルに呆れるばかりだ。それでもジキルは、人間の心の闇に渦巻く悪徳―性欲や金銭欲、暴力への衝動―は善良なる心と意志の力で抑えられるという主張を変えない。人間の意志の力が足らねば、科学の力でそれを助けることも可能だと。
しかしながらジキルは、ミス・ジーナの豊満な肉体を前にして思わず沸き起こった劣情の激しさに慄いてもいた。今まで知らなかった己の醜い感情を突きつけられ、彼は突拍子もないことを思いつく。人間の善良なる魂を保つため、悪にまみれた負の側面を薬によって抽出できないものかと。そうすれば人間の魂は永遠に悪徳と別つことができるではないか…。ラニオンは親友のとんでもない思いつきに顔をしかめる。確かに実現すれば素晴らしいことだが、それはもはや神の領域である。くれぐれも無茶な考えを起こさぬよう、彼はジキルに言い含めるのだった。
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ジキルの研究者としての向上心に火がついた。彼は不眠不休でついに禁断の薬を完成させる。そして早速自分自身を実験台にしてみた。震える手で薬を飲み干した彼は、途端に激しい痛みと苦しみにのた打ち回る。彼の細く白い手は節くれだち、化け物のように異様に長く伸びる。きちんと撫で付けられた髪の毛はざんばらになり、顔半分を覆いつくす。すっきりと伸びた美しい背中は醜く曲がり、せむしになる。そして、白皙の美しさを誇った優雅な容貌は恐ろしく崩れていく。血走った目は飛び出し、鼻は魔女のような鷲鼻、口はだらしなく開きよだれをたらさんばかりだ。ジキルは己の外面の変貌にも驚いたが、みるみるうちに動物並の欲望に飲まれていく心の変化にも怖気をふるう。だがそんな戸惑いも一瞬のこと。身体に力が漲り、自分のやりたいことはなんでもできそうな自信も沸き起こる。ジキルはこのときハイド氏となり、夜の街へと姿を消した。手始めにあのミュージック・ホールの歌姫ミス・ジーナを手篭めにするため、ホールのオーナーに金をつかませる。ミス・ジーナはハイド氏の妖怪めいた容貌に恐れをなしつつ、金に目がくらみ、ついに彼のいいなりになるのだった。ミス・ジーナは彼に、イタリアの貴族が用いたという、遅効性の毒薬を仕込んだ指輪をプレゼントした。
こうしてジキルは、抑えられた欲望をハイドによって存分に解き放つようになった。昼間は慈愛に富んだ熱心な医者として暮らし、夜になれば欲深く残忍なハイド氏に変身する。彼はこの危険な綱渡りを上手く進めるため、執事のプールには研究所の鍵を友人ハイドに預けると言い置いた。また弁護士の友人に頼んで、もしジキルになにかあれば全ての財産をハイドに贈るという遺書を作成する。友人たちは一様にジキルの変化に気づき、怪訝な顔をする。ハイドの蛮行が行き過ぎて目に余るにつれ、次第にジキル自身も、ミリセントや表の世界の友人たちとの付き合いをほったらかしにするようになった。ミリセントは、自分から足が遠のいていくジキルを心配し、恋の行方に苦しむ。見かねた友人の1人が彼女に求婚したが、しかし彼女はそれをきっぱりと拒絶する。あくまでもジキルを信じるつもりなのだ。求婚を断られた青年は、改めてミリセントに会いに行くようジキルをけしかけた。我に返ったジキルは急ぎカリュー邸へ赴き、ミリセントを抱きしめて結婚の誓いを立てるのだった。
ジキルとハイドの危ういシーソーゲームの均衡が崩れはじめていた。ある日ハイドは、なんら良心の呵責もなく街角で近所の子供を痛めつける。子供の親から賠償を請求されたため、ハイドはジキルの研究室から小切手を持ち出した。それを見咎めたジキルの友人たちは、ジキルになぜあんな悪漢と付き合い続けるのか問い詰める。ジキル自身にも、増大するハイドの悪の心を抑えることができなくなっていたのだ。精神に恐慌を来たしたジキルは、ある晩、恐ろしく大きなクモに襲われる悪夢に苦しめられる。その直後、彼の姿はハイドに変わっていた。ついにジキルは薬なしでもハイドに変貌するようになってしまったのだ。
ジキルはプールに命じてロンドン中の精神安定剤を買い求めさせる。今や彼は、逆に薬なしでは善良なジキルの人格を保てなくなってしまった。一時でも薬が切れると、醜悪なハイドの人格が顔を出す。いつなんどきジキルとハイドが同一人物だということがバレるか知れない。ジキルはミリセントにさえ面会しようとなくなった。哀れなほどジキルを案じる娘のため、父のカリュー卿が腰を上げた。卿自らジキル邸へ赴き、直接本人に真意を問いただそうとする。執事のプールは、主人の秘密についてはなにも知らないからだ。
ジキルは必死の思いでハイドの人格を押さえつけ、カリュー卿と対峙する。卿は、やつれ果ててただならぬ状態のジキルに驚き、娘との関係をどうするつもりか難詰する。このままハイドとの付き合いを続けるつもりなら、ジキルとミリセントの結婚は白紙に戻さねばならない。ジキルは激昂した。そもそもミス・ジーンを彼に押し付け、その秘められた肉欲に目覚めさせたのは、卿自身ではないか。医学研究に生涯を捧げる自分を影であざ笑ったのも卿だ。そのせいで自分は、人格の分離などという禁断の分野に足を踏み入れる羽目に陥ったのだ!ジキルが理性を失うと、その姿はたちまちハイドに変身した。卿は目の前で繰り広げられる光景に唖然とし、研究室から逃げ出す。悪鬼と化したハイドは、ジキルのステッキを振り上げ卿を追いかける。卿を街角に追い詰めたハイドは、続けざまに何度も卿の身体を打ち据える。無残な死体に成り果てた卿を見やると、ハイドはただちにドヤ街の隠れ家に走り、ジキルとハイドが同じ人間であることを証明するものを全て破り捨てる。
ハイドが研究室に舞い戻り、薬を飲み干して辛うじてジキルの人格を取り戻したころ、カリュー卿の死体が発見されて大騒ぎになっていた。住人の通報で犯人がハイドであることがわかり、早速ハイド狩りが行われる。ミリセントは父の変わり果てた姿に嘆き悲しみ、婚約者ジキルに泣きつく。ジキルも内心の動揺を押し隠し、上の空で平静を装うのだった。
プールは、ついにロンドン中の安定剤を買い尽くしてしまった。万策尽きたことを感じて絶望するジキル。ハイドは早速彼の人格を凌駕し、隙あらば顔を出そうとする。ジキルとハイドの戦いが始まった。主人の様子がおかしいことに気づいたプールは、急遽ミリセントとラニオンを屋敷に呼ぶ。ジキルはミリセントに即刻帰るよう警告するが、何も知らない彼女が聞き入れるはずもない。ジキルの努力も虚しく、ハイドはついに姿を現す。その瞬間、辛うじて踏みとどまったジキルの理性によって、彼は指輪の毒をあおった。嬉々としてミリセントを招き入れるハイド。彼女が振り向いた先には、これまで見たこともない世にも奇怪な化け物が立っていた。妖怪よろしくにたりと笑いかける彼に、ミリセントは恐怖に凍りつく。ハイドが舌なめずりしながら獲物にまとわりつこうとしたその瞬間、遅効性の毒薬が効き目を発揮し、ハイドは息絶えた。ミリセントの悲鳴に駆けつけたラニオンが見守る中、ハイドは徐々に消えて元の美しいジキルの顔が戻ってくる。ついに真相を知ったラニオンは、悲痛な面持ちでミリセントに伝えた。

「ジキルは高潔な魂をもってハイドを殺めた。…いや違う。卑劣きわまるハイドが、かけがえのないジキルを殺してしまったのだ…」

Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1931)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1941)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920/I)
The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1968) (TV)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (2002) (V)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1999) (TV)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1981) (TV)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1973) (TV)
The Two Faces of Dr. Jekyll (1960)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (2002) (TV)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1932)
Chehre Pe Chehra (1981)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1908)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920/II)
Januskopf, Der (1920)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1913)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1912)
Skæbnesvangre opfindelse, Den (1910)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1920/III)
Dr. Jekyll and Mr. Hyde (1986) (TV)
合計20タイトル。テレビムービーを含め、これ全てロバート・ルイス・スティーブンソンの手になるミステリー・ホラーの古典「ジキル博士とハイド氏」の映像化作品です。中にはパロディものなどもありますが、これほど繰りかえし映像の素材となった小説も珍しいでしょう。また、この作品が後世のスリラー映画やホラー映画に及ぼした影響は計り知れません。行き過ぎた科学による人間の変貌というショッキングな題材を扱っているため、この小説は極めて映像向きのお話ですね。実際7度目の映画化となったこの1920年度版(ジョン・バリモア主演)の作品でも披露された、高潔な人柄のジキル博士が醜怪なハイド氏へと変身するシーンや、ミリセントが振り向いた先に佇むハイド氏に絶叫するシーンなどは、今も脈々と続くショッカー系の演出の原型となった映像です。
同じような枠組みで語られることの多い作品である「ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」は、人間の害悪によって生み出されたモンスターの悲劇を通じて、間接的に人間の本質を問う形になっていました。この2作と「ジキル博士とハイド氏」の決定的な違いは、人間性の中核たる善と悪の概念を真正面から捉え、それらが人間の魂の中でいかに危うい均衡を保ちながらせめぎあうのか、ジキルの苦悶によって具体的に描写した点です。善と悪という絶対的な概念の下では、人間がいかに無力な存在であるか、これほど明確に提示しえた寓話も他に類を見ません。ジキル博士は己の能力と科学の力を過信していましたが、この小説が書かれた時代はまさしく科学が飛躍的な発展を遂げたとき。世の人々はまさにジキル博士のように、科学を古い宗教神にとって変わる新しい神と位置づけていました。小説も、そしてこと1920年のバリモア版映画化作品も、善悪の彼岸という精神の領域に科学が立ち入ることの危険性を、声を大にして訴えているのです。つまりこの作品は、科学の名の下に人間が暴走することを厳しく戒めた、おそらく最初の作品だったのですね。

この1920年の「狂へる悪魔」では、映画の黎明期から舞台と映画の世界の両方で活躍していた名優ジョン・バリモアをタイトルロールに迎えています。舞台で鍛え上げた彼のドラマチックな演技が存分に堪能できる映画ですね。驚くときには目をひん剥き、悲しいときにはあられもなく泣き崩れ、苦悩するときには額に手を押し当て、未見に深い皺を刻み…。映画がまだサイレントだった時代、色彩や役者の声、音響効果といった、今では当たり前に観客に与えられるべき情報はありませんでした。役者の台詞はその主だったものだけの抄訳が字幕で示され、音楽は映画の内容と直接関係なさそうなピアノの音色が伴奏的に鳴り響くだけ。音響効果と呼べるものは、劇中鳴らされるノックの音やショッキングなシーンがピアノによって表現されるのみ。もちろん、この手の映画に必要不可欠な特殊効果なんて望むべくもありません。映画の背景に流れる恐怖のトーンや、暗い哀感といった繊細な感情の現出など、全てが役者の演技にかかっているといっても過言ではないでしょう。役者たちは、演じるキャラクターの喜怒哀楽を観客にわかりやすく伝えるため、ことさら大仰な身振り手振りを演技に盛り込まねばなりませんでした。
バリモアも例外ではありません。シェークスピア劇で培った演技力を総動員し、彼は、ジキル博士とハイド氏という極端に二分化していく人間性の狭間で苦悩する男を、振れ幅の大きな演技を強調しながら演じています。その沸点はやはり変身シーンでしょうね。“自然である事”がなにより評価される現代において、彼のオーバーアクトは確かに違和感をもたらします。しかしそこには本当の意味での“演技”が存在し、真摯に演じられるその迫力が、時代を超越して私たちの意識を圧倒していくのです。髪振り乱し、胸をかきむしり、白目を剥いて、やがて野獣のごときうすら笑いを口に浮かべるバリモアの熱演がなければ、ジキル博士を追い詰めた焦燥感は観客に伝わってこなかったはず。己のアイデンティティの拠り所たる科学の過ち=ハイド氏に翻弄され、ついに屈服せざるをえなくなるジキル博士の絶望と哀れが、あの苦痛に満ちた変身シーンに凝縮されているのです。歌舞伎でいうところの“見得を切る”演技が、ぴたりと決まったというところでしょうか。バリモアの過剰気味の演技が、ジキル博士という人間を蝕んでゆく真の恐怖を過不足なく表現しています。それは人間に内在する悪の誘惑であり、結局誰しも逃れる術はないもの。これを恐怖と呼ばずしてなにを恐怖といわんや。観客をぞっとさせるのは、実はハイド氏の化け物じみた造形ではないのですよ。これこそ演技の真髄ではありませんか。映画を観進めるうちに次第に彼の演技に引き込まれ、目が離せなくなるのも道理ですよね。後世に主流となっていく“ナチュラルな芝居”が、単にテクニックの1つに過ぎないのだということがよくわかりますね。
バリモアがハイド氏を演じる際に施されたメイクは、今で言う特殊メイクの先駆けです。彼の繊細で美しい指がごつごつと伸び、髪も脂汚れにまみれて頭頂部は禿げ、目は悪魔のようにぎらつき、口は裂け、背中は折れ曲がり…。ぱっと見の造形はF.W.ムルナウ監督の映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」のオーロック伯爵にそっくり。しかし製作年度は「吸血鬼ノスフェラトゥ」の方が2年ほど遅いので、ひょっとするとバリモア=ハイド氏の造形がオーロック伯爵に影響を与えたのかもしれません。
「狂へる悪魔」という映画自体も、短い上映時間の間に原作のテーマをきっちり伝えつつ、サスペンスと悲劇的な語り口が一瞬も中だるみすることはありませんでした。今の作品と見比べても、その面白さは遜色ないと思いますね。

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ジョン・バリモア John Barrymore
1882年2月15日生まれ
1942年5月29日没
アメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィア出身

両親ともに俳優という芸能一家バリモア家の末っ子として生まれる。本名はジョン・シドニー・ブライス(John Sidney Blyth)。18歳の時に父親の舞台に出演するもなじめず、漫画家を目指してイギリスとニューヨークのアート・スクールで絵画を学んだ。フリーのイラストレーターとして働いていたが、俳優の血は争えず、1903年に姉エセル主演の舞台に出演し、同年ブロードウェイに進出した。先に俳優として活動していた兄ライオネルと姉エセルを倣って、本格的に俳優の道を模索するようになる。1909年の舞台が興行的に成功すると、“偉大なる横顔”と評された貴族然とした端正な美貌に加え際立った演技力で、たちまち押しも押されもせぬブロードウェイの大スターとなった。こと、その名演で知られるハムレット役は有名だ。
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1913年にはプロデューサー、ジェシー・L・ラスキーによってハリウッドに招かれ、バリモア主演でヒットした舞台の映画化『An American Citizen』に出演して映画デビューを果たす。シェークスピア俳優として舞台活動も平行して行いながら、娯楽作「義侠ラッフルズ」(1917年)を大ヒットさせて映画界でもスターの地位を築いた。「狂へる悪魔」(1920年)では、映画界で初めて描写されたと言われる二重人格者を熱演して高く評価された。同年、シェークスピアの舞台「リチャード三世」で主演したバリモアの演技は絶賛されたものの、本人が極度のノイローゼになってしまい、公演そのものは 4週間で打ち切られる憂き目に合った。 1924年にはワーナー・ブラザーズ社の専属スターとなり、「ドン・ファン」(1926年)では容姿を生かして名うてのプレイボーイを軽妙に演じた。メルヴィルの小説「白鯨」の映画化作品「海の野獣」(1926年)では、船長エイハブを鬼気迫る演技で演じきり、性格俳優の真骨頂を見せた。4年後の1930 年にトーキー映画としてリメイクされた「海の巨人」でも同じ役を再演することになる。 1929年のエルンスト・ルビッチ監督作「山の王者」を最後に、兄ライオネルが所属するMGM社に移籍。1932年には、MGMの5大スターが共演する豪華な群像劇「グランド・ホテル」に出演、グレタ・ガルボのハンサムな相手役を務めた。「愛の嗚咽」(1932年)では、当時映画初出演の新人だったキャサリン・ヘプバーンの父親役に扮し、同年の『Rasputin and the Empress』で念願だった兄ライオネルと姉エセルとの共演を果たした。

キャリア面では華やかだったが、この頃から深刻なアルコール依存症に悩まされる。それが仕事にも影響を及ぼし始め、「晩餐八時」(1933年)でセルフ・パロディ的な酔っ払いを演じ、「夜間飛行」(1933年)でクラーク・ゲーブルと共演したりもしたが、その後は映画で主だった役を得られなくなってしまう。脇に甘んじた「ロミオとジュリエット」(1936年)でのマーキューシオ役などを細々とこなし、1942年、看取る者もなく失意と貧困のうちに亡くなった。死因はアルコール中毒と言われる。合計4度の結婚生活で得た娘のダイアナも息子のジョン・バリモア・ジュニアも俳優の道を歩んだが、バリモア家の呪われた血筋には抗えず、いずれもアルコール中毒で身を持ち崩している。孫娘のドリュー・バリモアも「E.T.」(1982年)で名子役と謳われながら、結局アル中とヤク中と戦う羽目に。しかし彼女は数年のリハビリを経て、ハリウッドに奇跡のカムバックを果たした。

偉大なる横顔!そういえば「狂へる悪魔」でも、バリモアは横を向くショットが頻繁に出てきました。客席にいるご婦人方にアピールする、製作陣の作戦だったのですね(笑)。確かにジキル博士の横顔は典雅で、まるでギリシャ彫刻のよう。だから余計にハイド氏とのギャップの大きさに驚かされるのです。

狂へる悪魔 [DVD] FRT-154
ファーストトレーディング
2006-12-14

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