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zoom RSS アメリカの幼年期の終わり−「ジェシー・ジェームズの暗殺」Part1

<<   作成日時 : 2014/06/30 23:09   >>

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“大西部のロマン”が潰えた時。…あるいは、“卑怯者ロバート・フォードによるジェシー・ジェームズの暗殺 The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford”が起こった時代。

ジェシー・ジェームズは少なくとも35件の銀行強盗・列車襲撃事件に関与し、17件の殺人事件を起こした張本人である。彼が殺害した人間の中には、何の罪もない市民も含まれている。そして、自身を裏切った者に対しては容赦ない報復を行う冷血非情な男であった。しかも彼は義賊でもなんでもなく、ただ金を得る手段として強盗や襲撃を繰り返していたに過ぎない。にも関わらず、ジェームズ・ギャング団、つまりジェシー・ジェームズは、民衆からは神がかり的な“西部最大のヒーロー”と祭り上げられた。彼はなぜ偶像化されたのか。

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ジェシー・ウッドソン・ジェームズ Jesse James

1847年9月5日生まれ
1882年4月3日没

ジェシー・ジェームズは、アメリカ中西部の平原地帯ミズーリ州クレイ郡カーニーの農村に生まれた。父親はバプテスト派牧師で、妻と共に奴隷を用いてタバコ農園を経営していたという。兄フランクはジェシーより4歳年上。ところが父親はジェシーが3歳の頃に亡くなり、未亡人となった母親ゼレルダは、再婚を繰り返しながら苦労して2人の息子を育て上げた。
1861年に南北戦争が始まると、南部と北部の間に挟まれた状態のミズーリ州は、南部派と北部派に真っ二つに引き裂かれてしまう。ジェシーの兄フランクはすぐ南部派義勇軍に参加し、次第に劣勢に立たされていく南部軍の中で戦った。1863年から1864年頃、ジェシーの家に北部派の義勇軍が襲来し、義父を拷問、家族にも暴行を加えたという。ジェシーは北軍への復讐のため、南部派義勇軍に駆け込む決意を固めた。フランクが1862年ごろ参加したウィリアム・カントリルを隊長とするゲリラ部隊に、1864年わずか16歳で加わったのである。北軍が南部派の市民に残虐行為を働けば、カントリル隊も劣らず残酷な報復行為を行った。1864年9月に行われたミズーリ州セントラリアの虐殺では、ジェシーも活躍している。
1865年4月南軍がついに北軍に降伏すると、ジェシーたちも故郷に戻って投降した。しかしこの際、彼らに恨みを抱いていた北軍の兵士によって発砲され、ジェシーは胸に生涯癒えない銃創を負ってしまう。献身的に看病してくれた従妹のゼレルダ(母親と同名、愛称ジー)に惚れ、その後2人は婚約する。女性に対しては大変純情な面のあったジェシーは、ジー以外の女性に心を移すことなく婚約後も数年間清い交際を続け、結婚したのは1874年になってからであった。
1866年2月、クレイ郡の街リバティの銀行が強盗団に襲われ、大金が盗まれた。犯人はカントリル隊の残党で、フランクもこれに参加していたという。この事件はアメリカ史上初の銀行強盗事件であり、その後もカントリル隊の残党の多くが金の為に強盗行為に身をやつすことになる。ジェシーも保身のため強盗団に入り、1869年12月のミズーリ州ギャラティンで起こった銀行強盗に初参加する。豪胆にして冷静沈着、死に神をスポンサーにつけたかのように大胆不敵、頭も切れ、危険を察知する動物的直感と共に生来のカリスマ性でもって、彼はあっとい間にギャングのリーダーとして一目置かれることになる。1873年7月には、アイオワ州アデアで、列車を止めた強盗団によって金庫と乗客の金6000ドルが奪われるという事件が起こっている。これは強盗団初の列車襲撃であり、以降15年間に渡ってジェシー一味は銀行及び列車を襲い続けた。一味は各地の自警団の追跡の裏をかき、まんまと捜査の包囲網を破って見せた。新聞が彼らの派手な活躍を誇張を交えて面白おかしく報じると、ジェームズ・ギャングとその頭領ジェシー・ジェームズの名は、アメリカ全土に知れ渡っていった。

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(ジェームズ兄弟とヤンガー兄弟の写真)

煮え湯を飲まされ続けた銀行と鉄道会社は、ついに名高いピンカートン探偵・警備事務所にジェームズ・ギャング一掃を依頼する。しかも一味の首に多額の賞金もかけられた。1873年以降、ピンカートン隊とジェームズ・ギャングはたびたび死闘を演じた。1875年には、ジェームズ兄弟の実家に火炎瓶が放り込まれ、兄弟の母親が重傷を負い、異父弟が亡くなるという悲劇も起こっている。民衆は、資本の力で彼らの生活を圧迫する銀行や鉄道会社を次々と襲うジェームズ・ギャングに、やんやの喝采を送っていたが、この事件を契機に一味を義賊とみなすようになる。それには、ジェシーたちの行動を美化し、英雄視した記事を書きたてた新聞の力が大いにものを言ったのである。
大西部を好き放題に荒らしまわったアウトローたちであったが、1876年8月ミネソタ州ノースフィールドでの銀行襲撃は失敗に終わる。ジェームズ・ギャングの主力であった、長兄コール・ヤンガーをリーダーとするヤンガー3兄弟が捕縛され、ジェシーとフランク兄弟も命からがら逃げ延びた。彼らは名前を変え、身元を隠しつつ、西部内を転々として潜伏し続ける。その間にも世間では、大流行していたダイム・ノベル(1冊10セントの三文小説)の題材に取り上げられ、様々な英雄譚が捏造されていた。今やジェームズ兄弟は、生きながら伝説と化した存在になったのである。彼らは、エドとクレイのミラー兄弟、従弟のウッド・ハイト、古株のディック・リディルら残党を集め、1879年10月と1881年9月、ミズーリ州グレンデイルで二度の列車強盗を決行した。強盗は見事に成功したが、ジェームズ兄弟にかけられた賞金は、1人頭10000ドルにまで膨れ上がる。
ジェームズ・ギャング最後の強盗の後、一味は各地に分散して潜伏したが、そのうち4名が逮捕されるに及び、10000ドルの賞金を巡って一味のメンバーの間で裏取引や駆け引きがあった。ジェームズ兄弟は袂を別ち、フランクは妻子と共に農場でひっそりと暮らし、ジェシーの方は家族と共に西部を転々とした末にミズーリ州セント・ジョーゼフに落ち着いた。ジェシーはトマス・ハワードという偽名で農場主という触れ込みで潜伏したが、州知事を筆頭とする州警察の包囲網が徐々に彼を追い詰め、かつての仲間達の裏切りに疑心暗鬼となる。彼はエド・ミラーなどの仲間を疑った挙句に始末して廻り、リディル逮捕を知らぬまま、グレンデイルの列車強盗の際に手下にしたチャーリーとロバートのフォード兄弟を探しだし、監視のため自宅に住まわせた。ところが警察と内通していたロバートの発案で、フォード兄弟は保身と賞金を得んが為に、丸腰のジェシーを自宅でしかも背後から射殺する。1882年4月3日のことであった。

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(死後に撮られたジェシー・ジェームズ Jesse Jamesの写真)

ジェシー・ジェームズは享年34歳、手下に裏切られ、あっけなく殺されたという悲劇的な末路は、彼の義賊のイメージを一層高めていく。また、彼の死と共に西部開拓のロマンの時代が終わり、アメリカの歴史自体が新世紀に向けて大きく変動した。ために、ジェシー伝説は、常にアメリカの原風景へのセンチメンタリズムと同一視されることになる。これが、アメリカ史初のセレブと呼ぶべきジェシー偶像化の内情である。
ジェシーの死後、フランクは半年ほど逃亡生活を続けたが、ついに警察に自首した。一応裁判が行われたが、国民的ヒーローを失って国中が喪に服さんばかりの世論を汲み、州知事は彼に特赦を与えて無罪放免とした。妻子の元に戻った彼は、以後の人生を農場で静かに送る。かくしてジェームズ・ギャングのアウトロー伝説は、次第にジェシー1人のものとなっていったのである。

裏切りを死でもって報いるという残酷さ、作戦成功のためなら虫けらのように人を撃つことも厭わぬ非情さ、動物的な勘の鋭さと計算高さ、見知らぬ人をも惹きつけて止まないカリスマ性、女性や家族に対する真摯でロマンチックな姿勢、敬虔なキリスト教徒としての側面、そしてなによりその麗しい美男子ぶり。両極端で複雑な性格は予測不能、こと晩年はパラノイア気味で陰湿でもあったこの男は、しかしその多面性ゆえアメリカ人ならば誰でも知っている伝説となった。従って、彼に関する伝記、研究論文の類は、玉石混合あるものの無数に存在している。
ジェシーを暗殺した“卑怯者”ロバート・フォードに関する記述や著作が、ほとんどない状態とは対照的だ。しかも、彼の死の直後から急増したダイム・ノベルは、次第に史実を離れて独り歩きを始め、奇想天外で超人的なジェシーの活躍を語るようになってしまう。舞台も同様だ。様々な劇団がジェームズ兄弟の芝居を脚色たっぷりに興行した。中でも異色だったのは、フォード兄弟自身によるジェシー暗殺の一部始終を再現した寸劇であった。
20世紀、ダイム・ノベルに代わって大衆の心を捉えた映画産業は、ジェームズ一味の活躍をアクション満載のヒーロー活劇に仕立て上げた。そのヒーロー路線の作品で有名なのは、1935年の、美男俳優タイロン・パワー主演の「地獄への道」、 1957年の、ロバート・ワグナー主演の「無法の王者ジェシイ・ジェイムズ」。
フィリップ・カウフマン監督が当時の模様を忠実に再現した、1972年の「ミネソタ大強盗団」は、むしろ焦点はヤンガー兄弟の方だった。そしてジェシー映画の決定版として知られるのが、1980年の「ロング・ライダーズ The Long Riders」(ウォルター・ヒル監督)である。

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この作品では、ヤンガー3兄弟とジェームズ兄弟、ミラー兄弟、フォード兄弟を、実際の兄弟俳優が演じるという珍しい試みがなされていた。ジェームズ兄弟にはスティシーとジェームズのキーチ兄弟が扮し、ヤンガー兄弟にはデヴィッド、キース、ロバートのキャラダイン兄弟が扮し、ミラー兄弟にはデニスとランディのクエイド兄弟が扮している。そしてフォード兄弟を演じたのは、クリストファーとニコラスのゲスト兄弟…という具合だ。映画には、スリルに満ちたアクション・シーンの数々が豊富に織り込まれ、男臭い演出で忘れがたい趣がある。また、兄弟達が自滅していく様を追った人間ドラマとしての側面も兼ね備え、出演当時はまだ無名であった俳優達を一挙に世に送りだした名作である。

そして現在。
ブラッド・ピットがジェシー・ジェームズを演じるということで話題を呼んだ作品「ジェシー・ジェームズの暗殺」が、公開されてかなりの時間が経つ。この作品は、今までほとんど語られることのなかった“卑怯者”ロバート・フォードの目を通して、ジェシー・ジェームズの晩年から彼の真実の姿をあぶりだそうという意欲作である。この作品の原作となったのが、ロン・ハンセンの小説「ジェシー・ジェームズの暗殺 The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford」である。

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1881年、全米にその名をはせた無法者ジェシー・ジェームズ一味が、最後の列車強盗を企てた。一味の周囲にたむろするごろつきの中には、ジェシーを心から崇拝する19歳の少年ロバート・フォードもいた。彼は焦がれるまなざしでジェシーを見つめ、彼の懐に入り込む。しかしある日を境に、彼のジェシーへの羨望は膨張した功名心へと歪んでいく。そしてアメリカの歴史に残る悲劇が起こった…。
この「ジェシー・ジェームズの暗殺」は、主に西部開拓時代に生きた人々に材を取り、優れたドキュメント調の心理小説を発表している作家ロン・ハンセンの第2作目の作品として、1986年に出版されたもの。数年にわたる綿密なリサーチの元に、これまで無視されてきた“卑怯者”ロバート・フォードの深層心理を描きつくした。自身もミズーリ州出身である大スター、ブラッド・ピットが、故郷への尋常ならざる想いを込めて映画化を熱望した小説である。

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(ジェシー・ジェームズを暗殺した直後のロバート・フォード Robert Fordの写真)

なぜロバート・フォードはジェシーを暗殺し、その後の歴史から抹殺されたのか。この小説は、“卑怯者”のレッテルを貼られた凡庸なる男の歪んだ愛憎を通じて、ジェシー・ジェームズの虚像にも鋭く迫っている。そしてそれは、とりもなおさず、アメリカの無垢なる幼年期の終焉を暗に物語ることになるのである。


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