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zoom RSS 彼の、彼による、彼のための映画―「裸のランチ Naked Lunch」

<<   作成日時 : 2013/05/22 14:20   >>

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戦慄の絆」で監督としての評価をさらに高めたクローネンバーグの元には、興味深い企画がいくつか持ち込まれたようです。

たとえば、フィリップ・K・ディック原作短編「追憶売ります」の映画化。これはクリストファー・ウォーケンを主演に迎え、ロケハンまで行ったにもかかわらず、企画が流れてしまいました(後にポール・ヴァーホーベン監督がアーノルド・シュワルツェネッガー主演で「トータル・リコール」として映画化)。
さらに、フィリップ・K・ディック原作の「高い塔の男」の映画化。第2次世界大戦で、日本・ドイツ・イタリアがアメリカをはじめとする連合国軍にもしも勝利していたら、現世界はどうなっていたか…という挑発的な内容の寓話です。この企画も結局日の目を見ず(残念!)、クローネンバーグは「ザ・フライ」以前から暖めていた企画、バロウズの禁断の書「裸のランチ」の映画化に踏み切ることにしました。

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1959年に発表されたウィリアム・バロウズの「裸のランチ」は、基本的なプロットは一切なく、いわゆるストーリー的なものもなし。まるでドラッグで浮遊したままの精神状態を表すかのような、強烈で背徳的なイメージの羅列であります。バロウズ本人の弁によりますと、「裸のランチ」執筆当時はヘロインをやめようとしていた過渡期であったらしい(つまりやることはやってたのね・苦笑)。麻薬でハイになった状態と、麻薬が切れたときの幻覚症状の発作の落差がすさまじかったであろうことが、その切れ切れの文体からうかがえます。

では、このような本をクローネンバーグはどうやって映画化したのでしょうか。


「裸のランチ」1991年製作
監督:デイヴィッド・クローネンバーグ
原作:ウィリアム・バロウズ「裸のランチ」
脚色:デイヴィッド・クローネンバーグ
撮影:ピーター・シャシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ピーター・ウェラー、ジュディ・デイビス、イアン・ホルム、ジュリアン・サンズ、ロイ・シャイダー他。

1953年ニューヨークで、ウィリアム・リーは害虫駆除の仕事をしていた。仕事中に駆除薬を切らしたウィリアムは、誰かが駆除薬を盗んでいると確信。家に帰ると、妻ジョーンが駆除薬を麻薬として用いている場に遭遇する。

ある日、麻薬捜査官に連行されてしまったウィリアム。彼には実は麻薬常習者としての前科があったのだ。彼は今はクリーンだと主張するが、捜査官は彼の前に大きく醜悪なゴキブリをつれてくる。ゴキブリは彼の上司だと名乗り、ウィリアムはスパイで、スパイとしての活動報告書を書くこと、インターゾーン市にあるインターゾーン協会という組織の回し者である妻ジョーンを殺害するよう命じる。ウィリアムは恐怖に駆られてゴキブリを叩き潰して逃亡する。

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ジョーンの依存症を治すため、彼はベンウェイ医師を訪ね、治療薬であるというムカデの粉をもらってきた。家に帰ったウィリアムは、妻が彼の友人二人と薬でハイになっている場を目撃。一人の友人が見る前で、彼はピストルを取り出してジョーンとウィリアム・テルごっこをし、誤って彼女の頭に弾丸を打ち込んでしまう。パニックになったウィリアムは、家を飛び出し、バーでマグワンプと名乗る怪物にインターゾーン行きのチケットをもらう。友人の心配をふりきり、マグワンプの指示通り報告書を書くためのタイプライターを持って、インターゾーンへ向かう彼。

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インターゾーンでは、そのタイプライターがゴキブリと合体したかのような醜悪なバグライターに変身。ウィリアムに活動報告書を出すよう命じる。
この猥雑な街でウィリアムは、作家のトム・フロストや亡くなったジョーンに瓜二つのその妻ジョーン・フロスト、ゲイのイヴ・クローケーらと出会う。バグライターの指示でジョーン・フロストを誘惑してインターゾーン協会の内情を探るウィリアム。トム・フロストのタイプライターがムカデと人の合体した怪物に変身し、二人に絡みつく。そこへ家政婦ファデラが現れ、二人は引き裂かれる。

結局ファデラの元へ帰っていくジョーン・フロスト。ウィリアムは壊してしまったトム・フロストのタイプライターと引き換えに、バグライターをさらわれる。だがインターゾーンの男娼キキの手引きで、新しいタイプライター、マグライターを得る。マグライターは新しい指令として、イヴ・クローケーと接触し、インターゾーンの麻薬の秘密製造所への潜入を命じる。イヴ・クローケーの情報からファデラを組織の重要人物と確信し、ジョーンを救うため単身インターゾーン協会へ乗り込むウィリアム。

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彼はそこで、何体ものマグワンプが捕らえられ、麻薬を抽出されている様を目の当たりにし、ファデラはベンウェイ医師が変装した姿であったことを知る。彼は医師と取引し、ジョーンを貰い受ける代わりに、アネクシア国でのインターゾーン協会の事業拡大に協力することになる。
ジョーンと二人で車でアネクシア国に向かうウィリアム。国境警備兵に止められ、職業を訊ねられた彼は、作家であると答える。証明するよう強制され、彼らの前でやむなくウィリアムはジョーンとウィリアム・テルごっこをする。またしてもウィリアムのピストルはジョーンの頭を打ち抜いてしまう。

呆然とするウィリアムに警備兵は「ようこそアネクシアへ」と笑顔を浮かべるのであった。

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えーと(笑)。

映画をご覧になった方は、この悪夢そのもののストーリーを、おそらく理解できないと思われます。実はこれ、麻薬で幻覚と幻覚の間をさまよっているウィリアムから見た“現実”のストーリーなのですね。ですから、突然目の前に巨大なゴキブリが出てきて、スパイ活動を言い渡したり、タイプライターが意思を持ってゴキブリ化したりするわけです。
そして、ウィリアム(=バロウズ本人)が書いている「活動報告書」(怪物たちがしきりと報告書を出せと命じます)は、実は原作となった「裸のランチ」であるのです。

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劇中、ウィリアムの二人の友人がでてきますが、彼らが画面に登場するときだけ、観客には本当の“現実(ウィリアムの身に起こっている実際のできごと)”が知らされるという仕組みになっています。ウィリアムに妻殺害の嫌疑がかけられているため、まずい状況に陥っていることを当人に知らせるのもこの友人。ですから実際には、ウィリアムがインターゾーン(北アフリカにあるカスバのような場所か)に向かった理由は投獄を逃れるためであったのでしょうね。

この友人たちは、インターゾーンまでウィリアムを訪ねてきます。ウィリアムが幻覚の中で書いている“報告書”を完成させれば、アメリカの出版社から出版できるように手はずを整えてきた、というのです。ここでウィリアムは正気に戻り、自分は麻薬とは縁が切れない、いつこの本を書き上げられるかわからないと絶望するのです。そんなウィリアムの姿を見て、友人二人がアメリカに帰ろうとするシーン。ウィリアムは二人を引き留めようとします。でも二人はそれぞれに事情があり、頭のてっぺんからつま先まで麻薬漬けになっているウィリアムの面倒はみきれないと言うわけですね。

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(↑「裸のランチ」撮影セットでバグライターを使ってみせるバロウズ)

この辺りの描写は、原作者バロウズの実体験に基づいているそうです。バロウズ自身、何年もの間麻薬中毒で苦しみ、妻死亡に関しては、容疑者として嫌疑がかけられていた時期があったと言われています。証拠不十分で不起訴処分にはなりましたが、劇中で、死んだ妻そっくりの女を執拗に追っていくウィリアムの姿を見ると、この事件がバロウズの心に落とした影は非常に大きかったものと思われます。ラストでもう一度愛する妻を撃ってしまうウィリアム。ここで彼は、もう妻がいないのだという現実をようやく受け入れたのでしょうか。

また、実際のバロウズがそうだったのか、ウィリアム(=バロウズ)も“ホモセクシュアルであること”に強迫観念を持っていますね。ウィリアム自身のセリフに、「僕の家系は呪われている。代々必ず倒錯者が現れる」とありますし、ゴキブリ上司やバグライターは、背中にある肛門そっくりの穴でしゃべります。とどめに、そのバグライターは、“肛門性交の素晴らしさ”を礼賛する演説まで始めます。
インターゾーンで出会う作家トムやイヴは“オカマ”(劇中ではあえてこう呼ばれている)で、インターゾーンの男娼たちと遊び呆けている。ウィリアムは彼らに肛門に体を乗ったられた男の話をして、嫌悪を丸出しにする。そんな環境で一人孤独を募らせるウィリアム。ますます麻薬にのめりこみ、麻薬の助けを借りて幻覚に遊び、実際の現実からは目を背けつつ書き上げるのが「裸のランチ」だったのです。

クローネンバーグは、「裸のランチ」映画化に際し、インタビューでこう答えています。

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“「裸のランチ」をそのまま映像化するのは不可能だ。原作には伝統的な意味でのプロットはない。私が望んだのは、バロウズと私がまるで融合したかのような映画をつくることだった”

まさしく。映画の中で、ウィリアム(=バロウズ)の口を借りて、クローネンバーグは自身の芸術に関する見解、自身もバロウズ同様異端視されていることへの世間に対する皮肉を饒舌に語っております。コンセプトとしては、バロウズとクローネンバーグの融合なのでしょうが、映画を見終わった感想は、クローネンバーグによる“バロウズの捕食と完全消化”。これに尽きますでしょうね。

登場人物が語る「思考の検閲は悪ではないのか」というセリフ。また、ウィリアムとジョーンのタイプライターを介しての(性欲を刺激する言葉を書きながらの)交わり。「タイプライターがないと、僕はなにも書けないんだ」というトムの言葉。タイプライターが意思をもち、書く側の人間をやがて支配するようになるのは、「書く」ことの危険性を暗喩したものでしょうか。あるいは独自の思想を持ちそれを言葉にすれば、世の中から抹殺されることへの恐怖でしょうか。

どれをとっても、バロウズのというより、やはりクローネンバーグの独自の思想論を映像化していると考えられます。

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「裸のランチ」撮影中のクローネンバーグ監督。

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「裸のランチ」撮影中のセットで。クローネンバーグ監督とウィリアム・バロウズのアルターエゴを演じたピーター・ウェラー。ウェラーは後年、この作品の撮影を振り返ってこんなことを言っていました。

“彼(クローネンバーグ監督)は、一緒に作業をしやすい監督じゃ決してなかった。実際、(作品も抽象的で)やりにくかったよ。でも俺は「裸のランチ」が映画化されると聞いて、彼に自筆の手紙を送ったんだ。ぜひウィリアム役を演じたいってね。それだけの価値はあったと思う”

また、ウィリアムのオブセッションともなる妻ジョーンを演じたジュディ・デイヴィスに至っては、これは昔の記事にも書いたエピソードなのですが、クローネンバーグ監督とは終にそりが合わないままで終わってしまいました。まあ確かにね、この頃の師匠って、師匠本人が人見知りすることもあって、初めて組むことの多い俳優陣とは細かいトラブルが結構あったようですよ。作風からうかがい知れるように、師匠は元々大変繊細で神経質なタイプです。スタッフ陣がほとんど変わっていないでしょ?俳優たちはともかくとして、裏方は気心の知れた人たちで固めたいんですよね。……打ち解けると駄洒落を連発してくれるんですけどね(笑)。

ま、尤も、そんだけとっつきにくかった師匠も、「スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする」辺りから、丸くなったのか穏やかになったのか、とにかく人当たりが柔らかくなったそうです。


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