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zoom RSS 「禁じられた遊び Jeux interdits」Part2―ルネ・クレマン監督

<<   作成日時 : 2014/04/14 23:40   >>

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ルネ・クレマンは、日本においてはことのほか、今作によって強く記憶されている映画監督でしょう。リアリズムとリリシズムが適度な抑制をもって溶け合う今作は、特に日本人の繊細な感性とマッチするものなのです。また今作は、クレマンの映画作家としてのアカデミックな評価を決定付けた作品として、クレマンのキャリアを語るのに欠かせないものともなりました。「太陽がいっぱい」をひとつの転機として、以後クレマンのキャリアは激変することになりますが、しかし彼の全ての作品の根底に流れる主旋律は、今作にも顕著に現れていた人間性への尽きせぬ探究心だとも言えると思います。


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ルネ・クレマン監督は、戦時中から主に短編ドキュメンタリー作品で活躍し、1945年に長編「鉄路の闘い」で、カンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞しました。これは、ナチス占領下のフランスの鉄道従業員組合の闘いを描いたリアリスティックな作品です。このように、彼の映画作家としての出発点は、あくまでもリアリズムだったのですね。

1951年に発表された「禁じられた遊び」でも、そのリアリズムを追及する姿勢は映像表現において貫かれています。
この作品のストーリーは非常にシンプルで、掲げるテーマは一見わかりやすいものに感じられます。しかし、実はなにげないシーンのひとつひとつにも細やかな寓意が込めらているのですね。また、登場する人物、描かれる出来事は、常に反対側に位置するものと比較できるようになっており、全体を通して“対比の物語”にもなっているようです。
たとえば、冒頭で描かれるドイツ空軍の機銃掃射のシーンは鮮烈で、あっというまに人や動物が殺されていきますね。あんな形で突如人の死を体験すれば、ポーレットでなくても、それを頭で理解するのを拒否したくなるのは当然です。彼女はまだ未熟な心を、そのショックで閉じてしまったのでしょうね。これは言わば、人間の無意識のうちの防御反応です。
この突然の死と比較されるのは、ポーレットが田舎の貧しい農村に暮らすミシェル家に引き取られてすぐ体験する、長男坊ジョルジュの緩慢な死です。しかもその死は戦争によってではなく、馬に蹴られたことによってもたらされたもの。作品冒頭でのパリから脱出する避難民の、殺気立った喧騒とは裏腹に、ミシェルの暮らす世界は拍子抜けするほど牧歌的ですね。貧しくとも、村人は信仰心に篤く、正直さと親切心をなくしてはいません。そういう意味では、村人には、どこの馬の骨とも知れぬ幼子を世話するだけの心の余裕が残されていたのでしょう。

ジョルジュの葬儀の様子と、ポーレットたちのお墓作りは、映像上ただ単に比較されているだけではありません。大人の世界では、死骸を埋めて葬式をするというのは、当たり前のように死者を悼む厳かな儀式であります。しかし一方でそれはなかば惰性と化した行為であり、本当に純粋に死を悲しんでいる人間はいないかもしれませんよね。ところがポーレットにとっては、自分の両親が死んだということは事実として知っていても、心が一切の感情を遮断しているために、悲しみを感じるまでには至りません。彼女にとって親の死よりも、飼い犬の死骸を埋めることの方がはるかに現実味を持って理解できることなのですね。つまり、動物や虫けらの死骸を埋めることで、彼女は誰も親身に悲しんではくれない両親の死を無意識のうちに悼み、最愛の両親を土に埋めねばならないという悲しみに耐える、心の準備をしているのです。大人はそんな彼らの“遊び”を不吉で冒涜的だと忌み嫌いますが、ポーレットは大人の世界のできごとを遊びで再現することによって、その真に意味するところを理解していくのですね。

ミシェルの両親はじめ、大人達はみな一様にポーレットの身の上に同情しますが、それが口先だけの欺瞞であることは明らかです。なぜなら彼らは、まるで荷物を扱うように(赤十字のシスターは、現に彼女の首に荷札のような認識票をつける)、彼女をさっさと孤児院に放り込んでしまうから。当時の世相を考えればその処置もやむなしとは思いますが、それはあくまで大人の事情。ポーレットのような、家族を亡くした戦争孤児たちの側に立ったものとはいえないでしょう。そもそも戦争を始めたのだって、大人達です。ポーレットに象徴される“戦争の産んだ悲劇”を本当に理解してやれたのが、同じく子供であるミシェルだけであるという描写に、クレマン監督の痛烈な戦争批判を感じることが出来るでしょう。それが結集するのが、ミシェルが父親の嘘に怒りを爆発させ、集めた十字架を川に投げ捨てるシーンだと思われます。“禁じられた遊び”とは、直接的にはポーレットとミシェルの十字架遊びを指しますが、大人達の最大の愚行である“戦争”のメタファーとなっているのは明白です。このように、大人の世界と子供の世界を対比させることによって、この作品は、子供の目線から見た大人の欺瞞と、ひいては戦争の引き起こす様々な皮肉をあぶりだしているともいえるのです。

国同士のいさかいが戦争であるとしたら、隣近所同士のいさかいはどうでしょうか。劇中では戦争の直接描写は少ないのですが、対比されるドレ家とグアール家の争いはどこかのどかで、ユーモラスですらあります。がんこ親父同士の争いも、おそらくああやっていがみあいながらも、互いに長年の苦労を分かち合ってきた仲なのだろうなと想像させますね。いさかいの原因だって、たぶん他愛もないことでしょうし。親父の世代は反目しあいますが、対する息子の世代―ドレ家のベルテとグアール家のフランシス―は、旧世代の事情などおかまいなしに愛し合います。将来この2人はきっと結婚して、ドレ家とグアール家も軋轢を越えてひとつになっていくだろうことが伺えます。それを成し遂げるのが、戦場から逃亡した“負け犬”フランシスであることも、クレマン監督一流の皮肉ととれるでしょうか。

ポーレットは、その幼い心のリハビリを行うにはうってつけの環境に身を置きました。自分と年の近いミシェル少年がいたのも幸いし、彼女はミシェルを通じて、人も動物もいずれは死を迎えるということ、死ねば祈りを捧げ、涙を流すものだということを少しずつ学んでいくのです。つかの間、孤独な彼女にも“家族”ができますが、しょせんそれは幻。最終的にポーレットは、再び大人達の手によって、よりいっそう厳しい孤独の世界へと放り込まれます。ラストで、彼女が「ミシェル」という呼び声に導かれるように、小さな声で「ママ」とつぶやいたとき、幼い少女の心に初めて両親の死の辛さが染み込んでいったのです。ミシェルという家族を失って初めて、ポーレットは愛するものとの別離(死別を含む)を現実に感じたのでしょう。ポーレットがこれから歩むであろう孤独な人生は、彼女が見知らぬ人々の雑踏の中に埋没していくラストシーンに暗示されています。それは、ミシェルが封建的な家族制度の中で傷つきながらも成長していく姿と、悲しい対比を成しているのです。

愛する両親との別れ、ミシェルとの出会いと再びの別れ。ポーレットが歩む試練は、戦争という特殊な事情を抜きにしても、普遍的な人生の様相を現しているといえます。この作品が歴史に残る名作になりえたのは、まさにこの“普遍性”のためだと思われます。

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さて、劇中巧まざる名演で観客に強い感動を与えたブリジット・フォッセーちゃんですが、「禁じられた遊び」撮影当時5歳でした。そして、その年のカンヌ映画祭に作品が出品された際、映画の上映にはさらさら興味がなかった彼女は、会場を抜け出してカンヌの砂浜でお砂遊びに興じていたそうです。
その彼女も、数年後には美しく成長した姿をスクリーンに残しています。一度は学業に専念しましたが成人した後は「さすらいの青春 Le Grand Meaulnes」(1966年製作)、「バルスーズ Les Valseuses」(1973年製作)などで青春スターとなり、母国フランスを中心に地道な女優活動を続けました。

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「禁じられた遊び Jeux interdits」(1951年製作)
監督:ルネ・クレマン Rene Clement
製作:ポール・ジョリ
原作:フランソワ・ボワイエ Francois Boyer 「木の十字架・鉄の十字架」
脚本:ジャン・オーランシュ&ピエール・ボスト&ルネ・クレマン
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ナルシソ・イエペス Narciso Yepes
出演:ブリジット・フォセー Brigitte Fossey (ポーレット)
ジョルジュ・プージュリー Georges Poujouly (ミシェル)
リュシアン・ユベール(ミシェルの父)
ジュザンヌ・クールタル(ミシェルの母)
ジャック・マラン(ミシェルの兄ジョルジュ)
ロランス・バディー(ミシェルの姉ベルテ)
アメデー(ベルテの恋人フランシス)他。


Narciso Yepes - Romance - Jeux interdits - Guitare, Live performance by Narciso Yepes



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